『左近の桜』 長野まゆみ

 

おそろしいような美しいような、輝く闇。


看板も軒行灯も出ていないので、ちょっと見には、「左近」は宿屋には見えない。そのため、世間を憚る逢瀬に利用されるが、客層は、なぜか男性ばかり。
この宿の長男、16歳の桜蔵(さくら)は、自分が望んだわけでもないのに、「ひろいもの」をしてしまう体質らしい。ひろいものとは……人ならぬもの、この世のものでもないもの。だけど、なぜかそろいもそろって雰囲気のある美青年の姿で現れる。
(桜蔵をめぐる、生身の男たち(父、宿の常連客、弟の担任教師)もまた、肉体をもっているにもかかわらず、人臭くない、というか、ヘンな雰囲気があり、怪しくて油断がならない。)


艶っぽく、絢爛豪華な闇が、広がる。主人公桜蔵とともに、いつのまにか引きずり込まれそうになる。
このような巻き込まれ方をする桜蔵には、出生のあたりから、何か事情があるようだが、父も母も口を閉ざして語らない。桜蔵も、あえて聞こうとしない。
桜蔵。小さい時から、身の回りに起こる不思議に慣れっこになっているせいだろうか。何事が起っても割と淡々と受け流していく感じが、彼の存在感さえも薄く感じさせる。


物語は12章。12の季節(4月に始まって3月に終わる)の連作短編だ。各章それぞれの物語は、その月々の草木や風物、行事などをからめて描かれている。雰囲気がある。しっとりとした空気感がちょっと懐かしいような、こわいような。艶かしい話に後退りしそうになるのを、季節の美しい描写が引き留めている。ときに気品さえも感じさせて。


始まりは桜の季節、夕べに、くるったように散りかかる花びらのイメージが、主人公の名前のせいもあるか、どの季節の物語を読んでいる時でも、ずっとついてくる。