『人生の最初の思い出』 パトリシア・マクラクラン/バリー・モーザー

 

 

「ほんとうは、言いたかったんだ。
わたしはゆきたくない、と。
パパとママに、そう言いたかった」
という言葉から始まる絵本。
海辺の町に引っ越さなければならなくなった一家のなかで、「わたし」は、離れがたいこの土地への思いを語る。

 

春にガンが空で鳴きかわす沼地、
冬には雪が牧場の囲いに激しく吹き寄せる中で、立っている馬たちの様子、
小さかったときから知っているハコヤナギの大きな木のこと、
木の上に座って眺める大草原、
ブーツさんの納屋で眠れば、ブリキの屋根をたたく雨の音が聞こえる。
……こうしたことは「わたし」がここを離れたくない理由の、ほんのほんの一部だ。
どれもささやかで、この土地だけの特別、というわけではない。
だけど、「わたし」の言葉を読めば、一つ一つ、「わたし」にとっては特別の上に特別で、大切で、たとえブリキの屋根への雨の一打ちさえ、決してなくすことのできない宝物なのだ、と思い知る。
そして、読者の私の宝物にもなっていく。

 

(私は、自分が生まれ育った、山あいの町を思い出した。
朝な夕なに眺める山が大好きで、山が見えないところでは暮らせない、と思っていたし、言っていた。
後に、ここに、もうちょっと平らな土地から引っ越してきた人が、「ここはまわりじゅう山ばかりで息がつまりそう」と言うのを聞いた時、驚いたけれど、同時に違う世界に出会ったようで新鮮だった。)

 

「わたし」の父も母も、どんなにこの土地での暮らしを愛おしく思っていることか。それをすべて手放して別の町に移っていかなければならないのは、退っ引きならない事情があるに違いない。
私だって残りたいんだよ、と父も母も本当は言いたかったはず。(「わたし」も、本当はわかっている。だから……)
ひとりでもここに残りたい、という「わたし」に、父と母は、穏やかに話す。
「人生の最初の思い出」のことを。「人生の最初の思い出」って何だろう……

 

「わたし」の言葉が変わる。
置いていくのではない。もっていくのだ。
置いていかなければならないものを数えていた「わたし」は、持っていこうと思うものをあげはじめる。
私は読みながら、そのひとつひとつをいっしょに指折り数えている。
慣れ親しんだ音も、匂いも……みんなみんなもっていこうよ。


パトリシア・マクラクランの文章に添えられたバリー・モーザーの絵が素晴らしくて、この本がまるまる「わたし」の「最初の思い出」のアルバムのようだ。