『12種類の氷』 エレン・ブライアン・オベッド/バーバラ・マクリントック

12種類の氷

12種類の氷


一見地味に見える、とっても小さな絵本ですが、宝物がたくさん詰まっているような気がします。
すぐに読めてしまうこの本、読み終わるのがもったいなくて、本を横に置いて、深呼吸したりする。胸いっぱいに吸い込んだ福々したものをよーく味わうために。
冬の間に12種類もの(厚さ、大きさ、場所、色、その出来方や溶け方も)氷を経験するメイン州の農園の娘ではなくても、そうしてスケートなんて全くしたことのない私でも、少女「わたし」の気持ちがわかるような気がする。
きっと特別なイベントではない、だれかに用意された(仕組まれた)お楽しみではない。(だけど、子どもたちを見守るおおらかな大人たちの目はある。そのほどよい距離の取り方も素敵なのだ)
自分を取り巻く環境と自分自身とが丸く一つになっての喜びは、年齢制限のある喜びでもある。だから切なくなるくらいに美しいし、こういう子ども時代の思い出を持って大人になった人の話を聞けることは、なんて幸せなことなのだろう。
こんなに素敵じゃないかもしれないけれど、自分にもあった、あの日あの時の、やっぱり特別ではないふつうの日の勿体ないくらいの喜びとちゃんとリンクするのだ。そして、今、本を開いたまま、深呼吸している、というわけなのだ。


12種類の氷は、別の言い方をすれば、12種類の楽しみ。
冬がどんどん進み、氷は厚く、広く、色を変えていく。全部溶けて春になるときまで。
最初は「初氷」。農場のひつじ用のバケツに、薄い膜のような壊れやすい氷を見つけたときが、12種類のうちの一種類目。このささやかな氷にさえ、喜びがある。
すべてはそこから始まるのだ。
「つぎの氷」「3番目の氷」「畑の氷」「小川の氷」・・・
ページを追うごとに姿を変える氷の、その氷なりの付き合い方を、わたしは本の中の少女のすべての感覚を借りて、ともに楽しむのだ。
圧巻は、夜のスケート。
家族総出で作り上げたスケートリンク。村の子どもたちが引き上げてしまったあとの遅い時間。
「わたし」はおねえちゃんとふたりっきりで月明かりの下で滑るのだ。夜の暗さ、月の明るさ。しんとしたなかでふくらむ少女たちの夢の美しさに、ため息が出てしまう。


最後にはとうとう氷が解けて、春がやってくるのです。
氷の季節はおしまいです。よね? いえいえ。最後の見開きのページの美しさに、「ああ」と声がもれてしまうのです。
12種類目の氷。そして、12種類目の楽しみです。こんな楽しみ方ができるのは、「わたし」がごくごく「ふつうの」子どもだから。そう思うと、普通の子どもでいられるって(嘗てふつうの子どもでいたことがあったなんて)なんて幸せなんでしょう。