『ルリユール』 村山早紀

ルリユール (一般書)

ルリユール (一般書)


中学生の瑠璃は長く会っていないおばあちゃんの家に向かうが、方向音痴のお母さんの書いてくれた絵地図が頼りにならないせいもあって、道に迷ってしまう。
やっと探し当てたおばあちゃんの家と、その家がある一角・・・この町の雰囲気に引き込まれます。
どこがどう、とはいえないけれど、不思議な雰囲気が漂っています。(わたしもこの町を訪ねてみたい、迷ってみたい)
半世紀くらい時代をさかのぼったのかと思うくらいの懐かしい雰囲気の街並み。そしてそこに住む人々の人情も、昔懐かしい。
ただ懐かしいというだけではなくて…これはもう印象でしかないのだけれど、どこにもかしこにも、秘密めいた小さな物語が隠されていそうな気がするのです。
あちこちから、姿の見えない精霊たちのひそひそ声やくすくす笑いが聞こえてきそうな感じ。(実際、瑠璃は、そういうものに敏感であるように生まれついているし、その瑠璃の後ろにくっついている読者だから、そう思うのかもしれないけれど)
中でもダントツに不思議なのは、求める人だけがたどり着くことができるらしい、不思議な洋館。青い目のクラウディアさんのルリユール工房。
人ならぬものたちの声(ことに印象的な本の声)を時々聞いてしまう、という瑠璃は、導かれるようにして、クラウディアと出会います。


魔法の手を持つクラウディアさんのルリユール工房にはいろいろな人たちが現れます。
なかなかたどり着くことのできないルリユール工房を探し当て、やってきた人々が、「修復してほしい」と望む本には、ことさら深い思い入れと、理由とがあるのです。
本は傷むもの。ことに何度も何度も手に取り、ともに人生を旅してきた本だったら、あるいは手から手に渡された本だったら、その傷みは相当なもの。
その傷のひとつひとつ、裂けたページ一枚、ほどけた糸一筋にまで、きっと物語があるに違いない。
本を持ち込んだ人々が語る、その本にまつわる物語を聞いていると、はて、なおしたいのはこの本なのだろうか、、それとも、この本にまつわる持ち主の抱えた苦しみや後悔、心に負った傷なのだろうか、と考えてしまう。
きっと両方なんだ。
そこまで思い入れのある本であるなら、その本はきっと持ち主の心そのものであるかもしれないのだ。
ああ、大切な本って、想い出の本って、きっとそういう面をもっているのかもしれないね。
本の思い出を語りたい、本を丁寧に修復したい、そう思うとき、本当は、自分自身を修復しようとしているのかもしれない。
そういう人々の心にクラウディアさんはそっと魔法の手を添える。


本好きな主人公は、クラウディアさんの鮮やかな技術に魅せられ、弟子入りを願います。
彼女は世界に一冊しかない美しい本を作りたいと願う。
(大人たちが求めるのは修復。それに対して中学生の瑠璃は、誰も読んだことのない新しい本を作り出そうとする。まっさらな本に若い瑠璃の未来が重なる。なんて清々しい)
その彼女に、クラウディアは「誰のためのどんな本を作りたいのか」と問いかけます。
その問いかけに答えるように、瑠璃もまた、自分を縛る重たいものと向き合うことになります。
本を作る、一冊だけ本を作ろう、ということは、どういうことなのだろう。いいえ、「本」というものがそもそもどういうものなのだろう。
そう思うとき、紙の本のこの形が、この匂いが、手触りが、開いたとき閉じたときの感じが、ページを繰る指の感触が、なんだかとてもとても愛おしくてたまらなくなってくるのです。
自分を今日まで支えてくれた本たちに、心からありがとうと言いたくなる。


クラウディアさんって何者なの。この工房はどういう場所なの。
読みながら、感じていた疑問の答えもやがて明かされます。そうだったのか、と驚きつつ、読み終えたあと、知ってしまったことが残念なような、もうちょっと謎のままにしておいてほしかったような気持になっています。