『類』 朝井まかて

 

 

森鴎外の末息子・類の、ことに父を喪った後の人生が描かれる。
父は、一家に、一生働かずに暮らせるほどの遺産を残してくれたが、戦争のために、財産のほとんどは失われた。
大切なものを次々に失うも、類には(坊っちゃんすぎて)ほとんどなすべもない。いやいや、八方塞がりのそこで、さらなる塞がりをなぜ自ら呼び込むようなまねをするのか、と呆れる。甲斐性がないなんてものではない。
「役に立つ、立たないじゃないんですよ。あなたのような人が生きること自体が、現代では無理なんです」
と、言った人がいたが、ほんとにねえ、と頷く。


だけど、どん底の暮らしをしていても、類には不思議なゆとりがある。まず、落ち着いて、自分を笑い飛ばすような余裕があるのだ。
そして、姉たち(仲違いすることがあったとしても)や、妻子に愛され、彼も、ひたすら愛した。
なんて幸せな人だろう。


類は、父と過ごした幼い頃の思い出を振り返る。
「子供の人格をどこまでも尊重し、親切を尽くしてくれた父だ。子供たちにとっては慈愛そのものだった」
逆境で役にたつ処世術のようなものは何一つ身につけることはできなかったけれど、深く愛され、甘やかされたことは、それよりも、ずっと大きなものだった、と思う。
きっと、生涯を照らし続ける光のようなものを、父は子どもに残してくれたのだ。
石井桃子の言葉「おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」です」を思い出している。