『オリーヴ・キタリッジ、ふたたび』 エリザベス・ストラウト

 

オリーヴ・キタリッジ、ふたたび

オリーヴ・キタリッジ、ふたたび

 

 

前作『オリーヴ・キタリッジの生活』では、中年期を過ごしていたオリーヴ。今作で彼女は、七十代から八十代へと老いていく。


短編集だけれど、各編の間には、ゆるゆるとした時の流れがある。オリーヴは物語のなかで主役になり、脇役になり、あるいは通りすがりのチョイ役を務めている。メイン州の海辺の小さな町の群像が浮かび上がってくる。前作と同じように。


すでに連れ合いのヘンリーは亡くなり、一人で暮らしていたオリーヴだが、ジャックという相棒を得て、再婚もする。
あいかわらず物言いはストレートで辛辣。遠慮がなくて、妖怪然としている。自分の意見を持ち、譲らず、姿勢のいい人だ。
傍で見ていると頼もしいけれど、付き合うのはきっと骨が折れるだろう。わたしだったら、彼女が遠くに見えたら、気づかれる前に迂回したくなるだろう。
元気な七十代、歳はとっても変わらないオリーヴ・キタリッジ、と思ったが、そんなの嘘だ。
重なる歳と、深まる孤独の分量とが、まるで比例しているようだ。
オリーヴは、もはや自立して暮らすことができなくなっていく。最後の日々を老人ホームで過ごす。


本のなかから、寂しいよ、でもみとめたくないよ、と声が聞こえる。
自分が歳と共に変容していく、と実感する恐怖。
しゃべればしゃべるほどに、言葉が宙に浮いて、そのままどこにも届かないで消えてしまうよう。
ああ、歳をとるってことは……
見え隠れするのは……いやいや、確実に鼻先にぶらさがっているのは(遅かれ早かれ、誰にも)まもなく訪れる「死」だ。


そうはいってもこれは、暗い話でも切ない話でもない。
物語は、ユーモアを湛えている。(第三者の眼で自分を見るような)
たとえば、老人ホームの「みんな一斉に」のなかにあって、オリーヴは胸の内で、すでに死に別れた二番目の夫ジャックに、自分の境遇をこのようにこぼす。
「あんたは知らないだろうけど、すごいことになってるよ」


それから、各編の中には、必ず最低一つは、はっとするような宝物が仕込まれている。でも、そこだけ取り出して引用しようとすると、たちまち宝がただの石ころに見えてしまう。物語の流れの中でこそ、光を放つ宝だから。
それでもあえて……たとえば、
「わからないことは、わからないままに受け止めて、心静かに耐えること」
歳とともに、眠れぬ夜も増えるじゃないか。考えても仕方のないことを、そうと知りながらも考えずにはいられないことも増えるじゃないか。
そういうもの、きっと誰もが持っているんじゃないだろうか、大なり小なり。
どうしようもないことはどうしようもないままに、胸に抱えておくしかない。それを下手にごまかしたり、適当な希望に化かしたりしないのが、いい。
芳しい匂いをふっと嗅いだような気がした。


そうして、「訳者あとがき」の「オリーヴ老いる」という言葉を思い出して、口ずさんでみる。少し意地悪っぽい微笑みを浮かべてみようと思う。