『夢の守り人』 上橋菜穂子

夢の守り人 (新潮文庫)

夢の守り人 (新潮文庫)


守り人シリーズ三冊目。
舞台は、カンバル国から、再び新ヨゴ皇国へ。
精霊の守り人』で出会った懐かしい人びとに再び出会えた。


しかし、なんだかやりきれないような気配が漂う物語で、なかなかページが捗らなかった。
理不尽な人生をそれでもけなげにひたむきに生きる人びとの姿を、ずっと読んできた。
でも、一途なだけで長い道のりを走り切ることはできないよね、
と、どこかでひとつ大きなため息をついて座りこまずにはいられない、そういう物語だったような気がする。


「夢をみる」という言葉から描くのは、ふわふわした甘いイメージだけれど、夢をみることは、後ろをむくことだったんだな、と思いあたる。
時には後ろをむくこともいいものだ。振り返ってそこによいものがあることを確認して、それが、また前を向いて歩いていく力になることもあるのだ。
現実の中に夢が混ざることによって、その現実はうるおい、ちょっとだけ暮らしが豊かになる。
でも、夢は現実に、取って変わることはない・・・・だから残酷なのだ。
この、とらえどころのない「夢」を前にして、戸惑ってしまう。夢は敵ではないけれど、本当に心許せる友ともいえない・・・

>やけつくような願い、それがかなわないことへの、せつないかなしみ・・・
>夢みることが秘めている痛み――夢をみずにはいられない人の痛み・・・


この物語に出てきた人びとは夢に囚われてしまった。
彼らの現実の苦しみ、痛み。彼らには、この先に自分が歩むはずの道がすべてみえてしまっている。最後の瞬間まで。その救いの無さ。夢みたまま死んでしまいたい、と思うのもわかるような気がしてしまうのだ。
だって、彼らの見る夢は、きりきりと胸が痛いほどに美しい。あまりに美しくてたまらなくなってしまうのだ。
それ等の夢は、どれも現実世界で一度は触れたことのあるもの。でも二度と出会うことが許されないもの。
(なぜ許されないのだろう。あまりに残酷じゃないか。人の世は酷いことがいっぱいだ。)
今なら、現実から逃げ出すこともできる。逃げてもいいよ、と思った。
でも・・・そうしたら、(生き延びることができたとしても)その後の彼らの人生はどうなるのだろう。どんどん萎んでしまうような気がする。
彼らを呼び戻したのは人だ。現実の世界の人間。
つくづく、一人で生きているわけではないことを思いだす。
一人で生きているのではないなら、まっすぐな道に見えていた、平板だと思っていた未来は、実はたくさんの道と交差した面白い道であるかもしれない。
その道を最後まで歩いていくことを選んだ勇気ある人たちのこれからの人生の豊かさを祈っている。
彼らは大きな夢を失ったのだろうか。でも、きっと別のもっと確かなものが芽生え始めているような気がする。夢にかわる「希望」が。