林檎の木の下で

林檎の木の下で (Shinchosha CREST BOOKS)林檎の木の下で
アリス・マンロー
小谷由美子 訳
新潮クレストブックス
★★★


二部構成の短編集。
第一部は、マンローの血族のルーツを辿ります。曽曽曽曽祖父のさらにその祖父から始めて、父母、そしてその系譜の末尾に連なる自分まで。
そして、第二部は、マンロー自身の自伝的作品。
一部、二部あわせて、マンローが自分自身を解き明かそうと試みているような感じでした。


第一部モンローの遠い過去の血族たちの物語。
前書きで「これは短編小説である」といっているとおり、一度も会ったことのない名前ぐらいしか知らない人たちに、血肉を与え、性格を与え、いきいきとした人格を与えています。
そして、本当にこんな事実があったのではないか、と思わせるようなドラマを与えています。
好きなのは「キャッスルロックからの眺め」と「イリノイ


「キャッスルロックからの眺め」はスコットランドからカナダへ渡ってきたマンローの祖先たちの船旅の途上の物語です。
自分や自分の故郷、父祖のことを誰彼かまわず語りたがる老ジェームズも、彼の娘メアリ、息子の妻アグネスも、それぞれどこか病んでいるように思われるのですが、
ほんとうにこういう人たちがいたのではないか、
波の音も、船の揺れも、船の上でのギクシャクした人間模様も、起こった小さな事件の積み重ねも、目に見えるようでした。
ことにメアリに溺愛されていた小さなジェームズのことは印象に残ります。
この物語は、もともと教会墓地の墓碑銘から捜しあてた父祖たちの名前から生まれた物語。
没年やその年齢から生まれた物語。
墓碑銘として彫られた名前から、これだけのドラマが浮かび上がってくることに感嘆しました。


イリノイ」は、カナダに渡ったアンドリューが、先にアメリカにわたった弟の死後、その妻メアリと子供たちを自分の家族の住む土地に連れてくる途上の物語。
メアリの子、父を尊敬するジェイミーの危険な賭けに対する伯父アンドリューの対処の仕方にほっとしました。これはまさに短編小説。


一連の物語たちが、絵巻物のようにするすると目の前に広げられていくのを楽しみました。
どれも決して明るい物語ではないのですが、そのようにして先祖たちが存在して、そこに繋がる自分がいることを確認していくのは穏やかな気持ちになれるものでした。


だけど、第二部。マンロー自身の物語、ですが、これを読むのはかなりしんどかったです。
自分のルーツを真摯にみつめることは、そこに繋がる自分自身を客観的にみつめることでもあったのかもしれません。
それにしても、マンローが、惨めさも虚栄も、ここまで自分をさらけ出して書いていることへの驚き。正直ドキドキしました。
こんなことを書いてしまうのか、いいのか、ほんとに、と。またその真摯さへの敬意も持ちました。
ある意味スキャンダラスで、俗物っぽい階級意識も感じますが、それらは、作者自身しっかり意識しているのだと思いました。
そのうえで、そういう自分を隠さずさらけ出す。ひとつひとつの事柄は脚色されているかもしれないけれど、この本のなかの「わたし」が考えたことも感じたことも真実だと思いました。
だけど、なぜ、なぜ、物事をこんなにシニカルに捉えるのだろう。
ストイック。いえ、むしろ自虐的にすら感じました。
ここまでして、まるで血を吐くようにして、自分をさらけ出す。
そういうことに敬意をはらうとともに、こういう率直さは、読むことを苦しい、とも感じさせました。


マンローは自分のルーツを探すやり方を二つの方法で試みたのかもしれない、と感じました。
一つは自分の父祖を遡ることにによって。
もう一つは自分自身をできるだけ客観的に描写することによって。
わたしは、ここまで自分を見つめる勇気はない。できれば目をそむけてしまいたい。