『四角い卵』 サキ

四角い卵 (白水Uブックス)

四角い卵 (白水Uブックス)


(その池)丘の急斜面に放置されたブナ林のただなかで粘土の露呈した窪地に、見るからに暗い水がたたえられ、柵を巡らした上に陰気なイチイや朽ちかけたブナの怪樹がおおいかぶさるようにのしかかっている。お世辞にも気分は上がらず、見ごたえがあっても陰惨の一言だ。(中略)丘が喜ぶとか谷間が笑うとかの空想にふける向きには、まちがいなくひどい渋面に見えそうなたたずまいの池である。
(「池」より)
引用の陰惨な池の様子は、この作品集そのもののイメージに近いと思う。こじゃれた小噺だけれど、ブラックだ。オチに、にやっとしているとき、ワタシは少し悪魔っぽい。ときには、茫然として、笑いさえも凍り付いてしまう。
政治風刺的なものもあるが、作者はどんな立場にも肩入れしていない。少し離れた場所から高みの見物をしているような印象。気持ちは寒々として、笑えない。現在にもこの物語は、通じているから。わたしたち、繰り返し繰り返し何やっているんだろう。


先の引用の、「丘が喜ぶとか谷間が笑うとかの空想にふける向きには〜」のところ。
そういう「向き」にあてこすっているように見えるけれど、そうかと思っていると、思わぬしっぺ返しを寄越すことがあるから、油断できない。
私は「丘が喜ぶとか〜空想にふける」ような本が好きだけれど、時々、暗く陰惨な池を覗いてみたくなる。たぶん、どちらか一方にだけ属して生きていくことの方が、難しいのだと思う。
けれども、この作品集、かなり強烈だったよ。オチが効きすぎて、ちょっと忘れられそうにないから困っています。


巻末には長文の『ボドリー・ヘッド版サキ選集序文』(J.W.ランバート)が収録されている。初めてサキを読む私には、その経歴も作品についても、とても参考になりました。
でも、それ以上に、びっくりしたのは、サキが生まれる80年ほど前に亡くなった一族のひとりヘクター・マンローの事件について書かれたところ。
とんでもなく悲惨な亡くなり方をしたヘクター・マンロー。この事件をそのまま語るだけでも、興味深い読み物だと思うが、その後に「マンローの死」と題された陶器の置物が作られ、これが売れに売れたのだという話がくっついていて、なんだか背中がむずむずしてきたのであった。もしや、この序文って・・・よくできたサキのもうひとつの作品だったりする?と疑いたくなったのでした。