エミリ・ディキンスン家のネズミ

エミリ・ディキンスン家のネズミエミリ・ディキンスン家のネズミ
エリザベス・スパイアーズ 作
クレア・A・ニヴォラ 絵
長田弘 訳
みすず書房
★★★★


白ネズミのエマラインが、エミリ・ディキンスンの部屋の壁穴に引っ越してきました。
やがて、詩人エミリとエマラインのあいだに文通が始まります。
それは、ネズミの巣穴近くに落ちていたエミリの詩の断片が記された紙片を偶然発見したエマラインが、その詩から感性を刺激されて一気果敢に返事をしたためてしまったことが始まりでした。その返事も詩でした。
そして、エマラインは、自分もまた詩人であることを知るのです。
こうして、互いに詩をおくりあう不思議な文通、不思議な友情が始まったのです。

エマラインの目を通して、エミリ・ディキンスンの暮らし、その繊細な感性などが描かれます。
それは、ついにエマラインがこの家を出て行かなければならないその瞬間まで続くのです。
(蛇足ですが・・・マイケル・ビダード&バーバラクーニーの絵本「エミリー」は、実にエミリー・ディキンスンその人の姿を本当に忠実に再現しようとしていたのだ、ということもこの本と訳者あとがきの両方から知ることができました)

作者エリザベス・スパイアーズ自身が詩人であり、エマラインの詩もまた美しいです。
けれども、何よりも不思議な感じがしたのは、この本で取り上げられたエミリ本人の素晴らしい12編の詩です。どれも、実際にエミリ・ディキンスンによって書かれた詩で、モチロン、架空の白ネズミに宛てて書かれたものであるはずがありません。
なのに、不思議、これらの詩がまるで小さなエマラインに語りかけるような感じ・・・あるときは物問いたげに、あるときは慈しみをこめて、またあるときはともに励ましあう同志として、ほんとうに最初からエマラインのために書かれたのではないか、と錯覚してしまいました。

きっと作者にとってエミリ・ディキンスンという詩人は大切な存在だったのだろう、と思うのです。
そして、何度も何度もこれらの詩は読まれ、作者にさまざまな方向から刺激を与えてきたのだろうと思います。
作者はエミリの詩に、何度も自分なりの返答を送り続けていたのかもしれません。・・・詩によって。そして、そのうちにそれらの詩からエマラインという小さな小さな生き物が生まれたのかもしれない、と思いました。

詩人(特にエミリのような)に対するこんなに愛しいオマージュってあるでしょうか。