『許されざる者』 レイフ・GW・ペーション

許されざる者 (創元推理文庫)

許されざる者 (創元推理文庫)


ラーシュは、いまは年金を受け取る身であるが、もとは国家犯罪捜査局の長官であり、現役時代には、同僚や部下たちに「角の向こう側が見通せる男」とささやかれるほどの切れ者だった。
あるとき、急に倒れて、緊急入院する。重篤な問題がみつかり、決して楽観できる健康状態ではないことを知る。
静養と厳格な食事制限、定期的なリハビリと検診を条件に、退院できることになるが、同時に、主治医から、思いがけない相談をもちかけられる。
彼女(主治医)の父は牧師で、25年前の殺人事件の犯人を知っているという人物から告白を受けた、というのだ。聖職者としての守秘義務に苦しみながら父は亡くなった。
9歳の少女ヤスミンが、無残に暴行されたうえ殺害、遺棄された事件のことだ。けれども、犯人は見つからず25年が過ぎ、一か月前に時効になってしまっていた。
病気により、嘗ての冴えをかなり失ってしまったラーシュであるが、この事件を、解決しようとする。


私は不思議でならなかった。
時効なのだ、ということを自らの言葉で主治医に説明するラーシュがいる。
つまり、ここで犯人をみつけても、法で裁くことは不可能なのだ。
そして、ラーシュ自らもストレスを抱え込んだら確実に寿命を縮めるだけだということもわかっている。
そういう状態で、この事件に真剣にとりくむ彼の気持ちがわからなかった。
いったいなぜ・・・そのなぜは、この本を読んでいる間、ずっと引きずっていた。
実際、犯人がみつかったら(いや、必ず見つかります、見つからないはずないのだ)そのときどうするのだろう・・・


ラーシュを心配する若い妻。強烈な兄。そして元同僚でもある親友。
それから、自宅で妻のいない間ラーシュの生活を支えるために派遣された若い介護士やヘルパー(?)役の青年。
ラーシュを囲む人間たちが、過去どんな厳しい人生を歩んできたにしても、今は献身的に彼を支えている。
そのチームワークがなんとも温かい。かけがえのないチームになっている。
その中心にいるラーシュは、なんだか、やんちゃな坊やがそのままおじいちゃんになってしまったような男である。
手に負えないところはたぶんにあるが、基本的に気はいいし、愛すべきじいちゃんである。


犯人捜しも気にかかるけれど、ラーシュと家族たちの日々を複雑な気持ちで見守っている。
体に爆弾をかかえたままちっとも言う事を聞かない当人を見守る人の不安は、手に取るようにわかるのだけれど、
一方、今まで奔放に生きてきた当人にしてみれば、寝食を24時間体制で監視・管理されての生活、その苦しさも伝わってくるのだ。
人生の終盤の時期を、いったいどのように生きることが幸せか、と考えてしまった。


さて、事件が事件であったから、もし犯人が見つかったら、ぜひとも自分の手で殺してやりたい、と思う人間はたくさんいる。
ラーシュがこの事件を調べている、と知ったとき、ほとんどの関係者たちが、そう思った。
殺された子どものことを思うと、あまりに苦しい。
けれども、読めば読むほどに、こういうことは、珍しいことではないのだ、という沢山の事実が、わかってくる。
子どもは自分で自分を守るすべを持たない、知らない。
子どもである、というだけで、ひとりぼっちであるというだけで、好きなだけ食い物にされ、ずたずたにされていく。あちらでもこちらでも、形を変えて、場所をかえて。
ほんとうにあちらでもこちらでも。
ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
ヤスミンは殺された。でも殺されなかったヤスミンもたくさんいる。沢山のヤスミンたちが、茫漠と広がる未来に向かって、それでも足を踏み出さなければならないのだ。


忘れられないのは最後の章だ。
そこで何が起こったにしても・・・
関係者たちひとりひとりが、それぞれの茫漠のなかに、それぞれのやりかたで、とにかく顔を上げて足をふみだす…一歩。
その一歩が見える。足音が聞こえる。それだけで胸がいっぱいになる。


おまけ。
ラーシュが子どものころ『名探偵カッレくん』を愛読書にしていたというエピソードが好です。
彼の職業選択に多大なる影響を与えたのは、カッレ・ブロムキュヴィストという名前だった。
彼が育った北オンゲルマンランド地方の農場の美しい風景のなかで、広がる空のもとで、半ズボンにカギ裂きを作りながら駆けていく少年の姿が、カッレくんと重なって、自然に微笑んでしまう。