『おとうと』 幸田文

おとうと (新潮文庫)

おとうと (新潮文庫)


四人家族、ばらばらで、不和な家庭なのだという。
不和・・・というよりも、それぞれが壁を築き孤立しているような感じだ。
自分からは理解することのできない相手に、理解してもらいたい、とかなえられない願いを持ちながら、自分のなかに籠っていく感じ。
仕事一筋で、家庭のこと子どものこと一切無関心なのではないか、と思うほどに人任せの父は、当時はきっと珍しくはなかったのだろう。
母は後妻で、リューマチのため体の自由がきかない。家事は長女任せである。悪い人ではないが、子には隔たりがあり、親しみがもてない。
父母はそれでもいい。大人だから。
しかし、この父母のもとにいる子どもたちの寂しさといったら、家庭がありながら家庭をもたない孤児のようではないか。
暗がりに身を寄せ合って震えているやせた猫のようなイメージだ。


弟は十四、姉は十七、というところから始まる。
この歳ですでに父母の姿を見切って居るような二人なのだ。
両親の愛に恵まれず、満たされないままに身をもちくずしていく弟も、その傍で、彼の根の部分の無邪気さにすがるようにして支え続ける姉も、求めても得られないものを相手のなかにむさぼり傷ついていくようなのだ。
二人とも孤独なままに、ひっ付き合う。互いのありのままを見ることができず、互いのなかに自分の求める理想の互いを見つけようとしているようで、二人寄り添えば寄り添うほどに寂しくひしひしと孤独が押してくるよう。
>なぜきょうだいが一緒にいて、自分だけ取り残されたように思うのだろう。
>しみ入るような寂しさ、泣く気も起きない寂しさだった。


私は本のなかの寂しさにずぶずぶ沈みこみ、なんでこんな目にあわなければならないのか、なんでこんなふうにあきらめなければならないのか、なんでこんな目に合わせたものに気を使うのか、
と、ただもう怒りがこみあげ、やがて、その怒りがどこにも届かないまま宙で尻つぼみのまま消えていくような虚しさを感じていた。
そこまで辛いのに寂しいのに、からっぽなのに、それでも家族を求めずにいられない姉の心もちがただ悲しかった。