『チョコレート工場の秘密』  ロアルド・ダール 

昔一回読んだだけの本で、すでに内容をすっかり忘れていました。
最近新訳がでて、それが、旧訳と、びっくりするほど中身が違う、という話をあちこちで目にし、耳にし、どういう具合に違うのか、比べて読んでみたいものだ、と思って、図書館に予約しました。
おりしも映画が上映されて、その影響もあってか、なかなか順番がまわってこない・・・それでも29人待ちなのに、一ヶ月弱の待ちで借りられたのですから、市立図書館(分館も含めて)がこの本をどんなにたくさん所蔵しているかわかろうというものです。

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チョコレート工場の秘密」 田村隆一訳 (旧訳) ・・・絶版

チャーリーの暮らしの貧乏さときたら…ここまで惨めな描写ができるか、というくらいの惨めさです。ジョゼフ・シンデルマンという人の挿絵ですが、チャーリーもその家族も幽霊みたいで・・・ほんとにお気の毒です・・・
だけど、この家族、いいですよ。チャーリーが眠る前のほんの小一時間を老人達の部屋(なんと寝たきりの老人四人が、たった一台のベッドを共有している)で、チャーリーを囲んで、家族は静かに楽しく過ごす。おじいちゃんがお話をしてくれたりして。

チャーリーの町にある世界一のワンカのチョコレート工場。門はしまって鎖がかかって、出入りする人はだれもいない秘密の工場。ここで生産されるチョコレートはじめお菓子たちは世界中類をみない奇抜さとおいしさ。
この工場に、世界中からたった五人の子供が招待される。秘密の工場を見学し、一生かかってもたべきれないお菓子を帰りにはおみやげにもらえるという。
で、チャーリーもこの栄誉に浴するわけです。
でも、すぐに、ではないのです。どうせダメだろう、と思いつつ期待して、ほーらやっぱりダメだ、わかってたけど、たまらないよ――という経験を何度もしたあとで、偶然、ほんとに偶然にチャンスを掴むわけです。

そして、いよいよ工場に入ります。
この工場!! すっごい、なんてもんじゃないです。まさに夢の工場。ひえー、こんな工場、よくもまあ、考え付くものだ、と思います。豪華?ファンタジック?超科学的?・・・いえいえ、全部、ち・が・う!! 
こんな工場、想像もできません。いや、できるかもしれない。大人じゃなくて、子供だったら! 子供だったら、こんな夢の工場を自由に思い描けるかもしれない。子供の発想。子供の夢。
工場の奥へ進むごとに、新しい部屋に入るたびに、さあ、今度は何?とわくわくしないではいられません。

そして、そのたびにおこる事件。これ、かなりブラックです。ダールのお得意ってところでしょうか。
風刺をぴりりと効かせて・・・というよりも、ああ~、あれほどまでに完膚なきまでにブチのめしてしまうのかあ・・・
(彼らの家庭にはきっと、チャーリーの家みたいな“子供が眠るまえのほんの小一時間”が無いのでしょうね。)
ルンバルンバが、笑い歌う。
だけど、ほらほら、わたし。いっしょに歌えるだろうか、あの唄。ちょっと居心地悪くなって、ソワソワして、チロッと目をそらしたくなったり。(あれっ、わたしだけ? そ、そんな・・・)

ラストは、文句なしににっこりです。最高にごきげんなハッピーエンドです。(だけど、おばさんは怖かったよ、やっぱり)

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チョコレート工場の秘密」 柳瀬尚紀訳 (新訳)

新訳です。
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正直、なーんだ、同じ本じゃないか、という印象でした。
「旧・田村訳」と「新・柳瀬訳」がまるで別の物語のように印象が違う、と聞いていたので、どんなに違うのかと興味津々でした。
でも、同じ章立てで、同じ展開で、同じ結末で・・・あ、あたりまえですよね。やっぱり。
旧訳のほうがおとなしい感じ、かな。新訳は、ちょっとテンション高いかも。でも、新訳も悪くない、と思います。
続けて読んでしまったので、そんな風に感じたのかなあ。・・・わたしにセンスがないってことかしら。しょぼん。


しかし、問題は、旧訳が絶版でもう手に入らないということ。できれば新・旧両方、手にとれるようにしておいたほうが良いです。
特に(旧訳の)田村隆一さんはダールを日本に初めて紹介した人だそうです。こんな大事な本が絶版になるって・・・
どんな理由で新旧交代してしまったのでしょうか。評論社さん。うーん、理由が気になります。

ひとつ気になったところ。
旧訳では、ルンパルンパ人のことをチョコレート色の皮膚を持った小人だと言ってている。
ルンパルンパに初めて出会ったチャーリーは「ぼくはね、ワンカさんが、あの小人たちを作ったんだと思うんだ――チョコレートでさ!」と言っている。
新訳には、ルンパルンパの皮膚の色について触れている箇所はない。挿絵も肌が白くなってます。
英語原書(Paffin book 1996年刊 たまたま家にあったので読んでみました)にも肌の色の記述なし。
もしや、嘗て存在した文をのちのち、ちょこっと削った?かな?
これ、例の「ちびくろサンボ」思い出します。
もしかして・・・
(考えすぎかもしれないけど)田村訳絶版の事情って案外、ここらへんにあるのではないか?と、ふと思いました。

ところで、チョコレート、食べたくなっちゃいました。滝から落ちてくるあわ立つチョコレート、すくって飲んでみたいなあ。