『星合う夜の失せもの探し:秋葉図書館の四季』 森谷明子

 

『れんげ野原のまんなかで』『花野に眠る』に続く「秋葉図書館の四季」シリーズ三冊目。
この物語は、いったいいつ頃の物語なのだろうーーたぶん、いつでも。
シリーズ一作目の『れんげ野原のまんなかで』(2005年)に出会ったときから、もう二十年近く経つ。
社会は細部に至るまで、色々なことが目まぐるしく変わったというのに、図書館に一歩入れば(リアルでも、本の中でも)二十年前も現在も、ほとんど同じ景色だ。本当はいろいろなことが変わっているのだろうけれど。利用者は、二十年前も今も、同じ棚の並びを、同じようにあるきまわり、カウンターの司書さんは、声をかければいつでも答えてくれる。
図書館と聞いてほっとするのは、本が好きだから、ということとともに、そういう変わりのなさを信頼できるからかもしれない。


そして、こちら、閑古鳥の秋葉図書館。懐かしい三人の司書さんも変わりないみたい。
六つの物語の主人公たちは、何かに行き詰って、ふと「図書館に行ってみよう」と思う。彼らは、必ずしも本好き、図書館ヘビー・ユーザーというわけではないのがいいな。


身近な人の謎を素人が探る話だ。日常の中にある謎はつまり、日常の中に住むある人にとっては暴いてほしくないかもしれない、ということを、今回は特に意識した。それでも執拗に謎を解こうとすることは、本当によいことなのか、そっとしておくほうがよいのではないか、と。
でも、この六つの物語はやさしい。そうした読者のハラハラと、それでも気になるという気持ちとを天秤にかけながら、あと味のよい結末に連れて行ってくれる。
ある物語の中の言葉「――心配しないで」が、六編の物語に、広がっていく。


それから、一話に一つずつの本にかかわる謎ときが、このシリーズの楽しみだ。
読んだことがあってもなくても、きっとその本のことは聞いたことがある。あるいは、良く知っているつもり。そういう本を挟んで、作中人物と読者との間で読書会をしているような楽しさを味わった。あなたはどう読む?と物語の中から誘いかけられているみたい。


六つの物語の並びもよかった。最後に秋葉図書館の「そもそも」を聞くことができたのもうれしかった。例の寄贈本に「わあ」と声が出そう。現物を見に行きたい。入り浸って端から読ませてほしい。