『埴原一亟古本小説集』  埴原一亟

 

時期は、おもに(戦中を引き摺りながらも)戦後の混乱期の頃だろうか。主に作家であり本屋(古書店)の島赤三(作家自身だろうか)を主人公にした七編の短編である。


なにもかもの価値観が変わってしまった戦後混乱期に、組織に守られて幅を利かせる小権力者や、機を読み弱者を利用しながら浮上しようとするずる賢い人たちが、それなりに成功するなかで、特に誠実でもないけれどなんとか生活を建てていこうとする小市民たちがあちこちで泣かされている。
泣かされても泣かないよ、そう簡単に安きに流されることもしないよ、と一文の得にもならない意地を張って、「性格異常者」とレッテルを貼るつもりなら、むしろこちらから名乗りましょうと仁王立ちしているような古本屋の夫婦が、なんだか清々しい。


古本屋のおやじは、学はあるけれど金はない。彼が掘り出し物を探し当てるのは、クズ屋の作業場。最終的にドロドロに溶かされる予定の、誰も引き取り手のない(一文の価値もないはずの)紙屑の間だ。
この作業場に出入りする人たちは、戦争でなにもかもを失ってクズ屋でもするより生きる術を見つけられなかったどん底の人たちである。差別の対象になるような人たちの小さな社交場には、そういう社会的な差別から切り離された連帯のようなものを感じて、ほんのりと明るく感じる。その一方で、ここにはここなりの尺度による差別があることに気づかされて、ひそかに居心地の悪さも味わった。


底のほうから天井を仰ぐと、見えないものが見えることもあるものだと思う。
見捨てられた人たちが、見捨てた人に対して、なんだ馬鹿馬鹿しい……と(後になってからでも)笑い飛ばしてしまう生命力が心に残る。


作者、埴原一亟は、「はにはらいちじょう」と読むそうだ。恥ずかしいけれど読み方も知らなかった。
作者の作品には初めて出会ったけれど、もっと読んでみたい。