『ゲイルズバーグの春を愛す』 ジャック・フィニイ

 

幽霊やインチキ臭いマジック、巡回サーカスや刑務所の独房、石畳やガス灯のある街かど、などなど、ノスタルジックなディテールが印象的な十編のファンタジー。初めて読んだのに、ちょっと懐かしい気持ちになる。


過去と現在とが何かの形で出会ったり、現在のなかに過去が混ざり込んだりする物語が多く、印象に残っている。
『ゲイルズバーグの春を愛す』『クルーエット夫妻の家』『おい、こっちをむけ』『愛の手紙』など。
時とともにどんどん姿を変えていく街、人の暮らし。その都度、それまで当たり前だった色々なものが過去のものになり、見捨てられていく。そんなに簡単に捨ててきたのか、忘れてきたのか、と自分の身の回りをふりかえっている。
現在に混ざりこんだ過去たちは、何かを訴えようとして現れた幻だ。訴えるべき意志をもったものたちだ。
いたずらに過去を美化するわけではないが、何も考えずに流されていくのはやはり怖いと思う。
「家というものは、それ自身の生命と魂をもっているんだ」(~『クールエイド夫妻の家』より)


『もう一人の大統領候補』が好き。
そこそこ毒もある物語だけれど、何よりもその裏庭が好き。とても危険なことが起きているというのに、その庭に籠っているのは穏やかな朗らかさだと思うし、ここにいる登場人物たちの開かれた関係もいいな。


この作品集に描かれる年代は、おもに1960年代。それを思えば、物語のなかの「現在」はもう、今のわたしにとってはかなりノスタルジックな世界なのだ。今後、そちらから、こちら(2023年)に何かしらのコンタクトがあるのではないか、それとも、既に私が気づいていないだけで何かが起こっているのではないか。そんな気持ちになる。