『北西の祭典』 アナ・マリア・マトゥテ

 

周囲から孤立した村アルタミラは、耕作に不向きな土地と言われる過酷な地である。今、アルタミラは謝肉祭のまっただなかなのだ。
物語の始まりでは、少年が旅芸人の馬車に轢き殺されている。
祭りのパレードと、葬列とが通っていく。


アルタミラの三つの村のうち、低地アルタミラの大地主フアン・メディナオは、膨大な財産と広大な土地、その土地を耕す小作人たちに囲まれて、誰からも愛されず、心許せる友もなく、成し遂げたい夢も、打ち込む仕事もなく、孤独だった。
フアンの腹違いの弟パブロ(小作人の娘から生まれた子。フアンの母はこの子が生まれた日に自殺した)は、フアンの農場の小作人になる。財産といえるものは何ももたないが、叶えたい夢に向かって自分の足で歩いて行こうとしている。
フアンは、パブロを憎みながら愛しているというが、愛というよりも、自分が逆立ちしても持ち得なかったものに対する渇きのように思う。
彼を自分の手許に置くためなら手段を選ばないとも思っている。
フアンは、死んだ種子のよう、その空洞の硬い殻のようだ。対してパブロに感じるのは、熱くて柔らかい種子の果肉だ。だから空洞のフアンはパブロに惹かれる。パブロを得て、はじめて一人前の人間になるように感じて。


パブロは、フアンが与えようとするものを一顧だにせず、自分の夢を語る。そうしたうえで、彼は、フアンを憎んでいないこと、ただ毛嫌いしていることを告げる。
パブロの言葉は、なにも望まず、その場から動こうとしない人間に対する侮蔑の鞭のようで、読んでいて堪えた。


フアンは渇いても、飲みたい水を得られない。彼は水の飲み方を覚える機会さえなかったのだ、と思うとあまりに哀れだった。
それを飲んだらますます渇くと知っていても飲まずにいられないものが、水のかわりに目のまえにある。友を騙って。それでも「親友」と呼ばずにいられない、彼の孤独の寒さ。暗さ。苦さ。


タイトル「北西の祭典」だが、この村の北西にあるのは墓地だ。墓地に向かう葬列もまた、謝肉祭のパレードと同じく祭りなのだろう。
兄も弟も、別々の祭のなかにいる。二つの祭は、やはり重なることはない、ありえないんだなあと思いながら読み終える。
照りつける太陽が、心に残る。