『ジャノメ』 戸森しるこ

 

山の上の動物園の四羽のクジャクたちは、普段は鳥小屋バードームで暮らしているが、クジャクはほとんど飛ぶことをしない鳥なので、「クジャク放し飼い制度」により、園内を自由に歩き回ることができる。
だけど、クジャクのピーコは、園内を自由に散歩することをやめて、もう十年も鳥小屋から出ようとしない。飼育員たちから「ひきこもりのピーコ」と呼ばれている。
ピーコがひきこもったのには、理由がある……。


「ごく少数だが、世間にはわたしたちと心の通じる人間たちがいる」とピーコは話す。
ピーコが出会った小さなシンジ少年は、まさにそういう人間のひとりだった。シンジはピーコの言葉がわかった。ピーコに、「ジャノメ」という名前をつけたのはシンジだ。二人は仲の良い友だちになる。
毎年、夏休みのただ一日だけやってくるシンジをジャノメ(ピーコ)は楽しみに待っていた。
だけど、シンジは大きくなり、もう、ジャノメ(ピーコ)の言葉がわからない……
人の子の成長は、素直に喜ばしいとも言えない、切ないくらいの痛みを伴うものであるよね、そういうことか、としたり顔で頷いているが。
いいえ、まてまて、話はそこからだ……。


山の上の動物園の動物たち、ことにバードームの鳥たちのこと、それから、飼育員たちの日々の出来事が、細やかに描かれている。動物園の、ほんのちょっと内側の世界がファンタジックに展開するのが楽しい。
ああ、動物園っていいなあ、と思う。


ピーコの言うところの「わたしたちと心の通じる人間」って、身近なところに、案外いるのかもしれない。
でも、それを知られると面倒なことになるから、きっと黙っている。黙った人がときどき、ちょっとだけ漏らす温かい気配りに、はっとしたり、ほっとしたり……。


一歩先へ進むために、今まで大切にしていたものをあきらめなければならない時は、辛い。
だけど、それをあるとき大切にしていたという思い出は、なくなるわけじゃないよね。もう二度と取り戻すことができないとしても。
あるいは……気がつかないでいるだけで、ちょっとだけ形を変えて存続していることも、あるのかもしれない。


切ない物語が始まるか、とおそるおそる手に取ったこの本に、こんなにたくさんの仕掛けがあったなんて。こんなに幸福な気持ちで読み終えることになるなんて。
小さな子といっしょに動物園に行こう。天気のよい日にゆっくりと行こう。