『ホハレ峠』 大西暢夫

 

日本一と言われるダムの下には、徳山村が沈んでいる。


徳山村がダムに沈むという話を聞いて、著者は、村の写真を記録しておきたいと村を訪れた。徳山村が廃村になって四年目の1991年のことだ。
その時に出会ったのが、廣瀬司さんとゆきえさん夫妻。(ゆきえさんは徳山村最後の住人になってしまう。)
この日から、著者と廣瀬ゆきえさんとの長い付き合いが始まる。


著者は、廣瀬ゆきえさんの生涯を追いかけ、丁寧に取材を重ねていく。
家族のために働きに働き、送り出し、一人で最後を迎えた廣瀬ゆきえさんというおばあさんが、どんどん好きになるのは、著者の筆のおかげだ。
著者自身が、ゆきえさんのことを大好きだったのだ。
著者は、いつのまにか親戚の一人のようになってしまっていた。
移転地で一人で暮らすゆきえさんは、寂しくなるとよく著者に電話して「遊びにこい」と呼びだしたという。
ときどきは著者の幼い娘までを伴って「ゆきえばあば」のところにでかけていったのだ。


廣瀬ゆきえさんという個人を追いかけていると、徳山村という全体が見えてくる。


廣瀬ゆきえさんが生まれ育ったのは門入という、徳山村の最奥地。山に囲まれた貧しい集落だ。
ここでは、全戸がほぼ親戚だ。
たとえば、ゆきえさんと夫の司さんの家系図がすごい。
個人と個人の関係を矢印や傍線で結べば、複雑にからみあって、こんがらかった糸玉みたい。
徳山村の大地は、濃厚な関係の血で繋がり、先祖や家族が支え合って守ってきた土地だ。」
……こういう土地をダムの底に沈めたのだ。


ダムの話が始まったとき、平和だった村は真っ二つに割れたという。
これまで作物のできをのんびりと語りあった人々が、相手の顔色をさぐりあい、ひそひそと金の話をするようになる。
長い時間をかけて、村は内側から壊されていく。


ゆきえさんはいうのだ。
「金に変えたらすべてが終わりやな」
国が、長い時間をかけて周到に計画し、土地を奪うために叩いた大金。
大金だと思っていたお金は、移り住んだ町の暮らしのなかで、あれよあれよというまに消えていく。


ダムが奪ったのは、「土地」という形あるものではなくて、そこに宿り、子から子へと受け継がれてきた尊いなにか(私に本当にわかっているかどうか怪しいけれど)だ、と思うのだ。
私は、先ほど、この村のことを「貧しい集落」と書いてしまったけれど、それは外からの見方にすぎなくて、土地の人にとってはかけがえのない恵みの土地であったはずなのだ。


ダムの寿命はわずか百年だそうだ。一人の人間の寿命でしかない、という。
そうまでしてダムをつくらなければならなかった本当の目的はなんだったんだろう、と考えてしまう。
ゆきえさんの
「先祖の土地はすっかりこと、この一代で食いつぶしてしまったんや!」
という悲痛な言葉に、こんなに後ろめたい気持ちになるのはなぜなんだろう。


北海道開拓のため徳山村から移り住んだ人の孫夫婦を、著者が訪ねたくだりがある。
この人たちは徳山村に行ったことはないし、徳山村在住の親戚に会ったこともないのだが、奥さんが著者にふるまってくれた飯鮨が、徳山村のおばあさんたちの味にそっくりでびっくりした、という。
奪われた土地は戻らないが、土地に染み込んだ先祖たちの知恵はきっとこれからも受け継がれていく。