『詐欺師の楽園』 ヴォルフガング・ヒルデスハイマー

 

ローベルト・ギスカールは稀代の天才贋作画家で詐欺師。
誰が知っているだろうか。現在、ルーブル美術館に展示されているモナ・リザが、実はローベルトによる偽作であることを。
彼は、在る物をそっくりに真似るだけでなく、ないものまでそっくりに真似てみせる。
古今の巨匠の題材、タッチ、その時期だけのかすかな癖までも再現しながら、オリジナルの作品を仕上げてみせる。
その鮮やかな手並みに、名鑑定家たちさえ、真偽に疑いを持たず、これぞ埋もれていた逸品と太鼓判を押す。
ある小国と共謀して、実在しない巨匠をでっちあげたこともある。
偽の作品、偽の人生、偽の評論までも周到に用意してのいかさま。世界中を相手にした一世一代の大ばくちにわくわくしてしまう。
犯罪ではあるが、なんと壮大で緻密なロマンチックなのだろう。


詐欺師ローベルトについて語るのは、彼の甥アントン。
事情により、アントンは死んだことになっているが、ヨーロッパのどこかの田舎に名を変えて隠れている。その事情もおいおい語られる。
アントンもまた、天才的な絵描きだ。彼の天分は伯父ローベルトによって見いだされ、ローベルトにとって大切な存在となる。
それは、ローベルトが自分の「後継者」を探していたため、と思っていた。のだが、さて。
物語は、ころころとあちこちにころがり、すとーんと落とされ、その都度、あっと驚かされ、さあ、次はどうなる、といそいそとページをめくる。


文化の花咲く戦間期のヨーロッパ。
身軽な詐欺師たちが世を渡る様は華麗な魔術のショーを見ているようでもある。
そのさまこそ(あだ花ではあるが)芸術のよう。


でも、彼らにとって芸術とは何だろう。
ある時、ローベルトはうそぶく。
「生きている画家なんてものは、どだいいないようなものだ。そいつが死んだら初めて注意が向けられる。だが過去の巨匠というものはどこでも大歓迎だ。」


また、
「そもそも本物の絵とは何だろう? 本物の絵とは即ち、一人あるいは数人の専門家によって本物なりと折り紙をつけられた絵にほかならぬ」
ということは、つまり、極端な話、画家本人が、これは間違いなく自分が描いた作品であると主張しても、第三者である専門家が認めなければ、それは偽物である、ということも起こりうるわけか。
芸術は茶番かな。


この物語そのものが、ある種の価値観を手玉にとった大きな詐欺のからくりを読者の目の前に広げて見せているようだ。
そうなら、稀代の詐欺師たちは、まるで小さな駒だ。
このゲーム、笑うのは誰かな。