夜市

夜市

夜市


  いきはよいよい かえりはこわい
  こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ・・・
さっきから、「とおりゃんせ」の唄が、耳の奥でずっと聞こえているようで、いつのまにか口ずさんでいます。
『夜市』と『風の古道』二篇収録されていますが、二篇とも「とおりゃんせ」の歌詞に似ているのだ。
その世界に入るのに支障はない。しかし、出るのは・・・


いつの間にか、当たり前の世界から、別の世界に紛れ込んでしまった。
空気が変わる・・・
それは微妙な気配。こちらの世界から、いつ、あちらの世界に入ったのか、それさえも気がつかないくらいの微妙さ。
この世ならぬ世界ですが、怖ろしいより美しい。儚いようにさえ見える。それがいつ、怖ろしい、と感じるようになるのだろう。
ふと後ろを振り返ったときだろうか。帰る場所を思い出したときだろうか。


出口を探す物語です。
出口は割と近いところにあるのです。しかしそこを実際に抜けるのは、とても難しい。
難しくしているのは自分だろうか。そもそも、何の気なしに一線を越えてしまったことへのいましめか。
ハードルをさげることもできるのだ。心一つで、簡単に戻ることもできるかもしれない。もし、人でなしになるつもりなら・・・。
そうまでして、元の場所にもどって、ほんとうに「戻った」と言えるのだろうか。『夜市』のあの兄のような未来が待っているのではないか。


『風の古道』のラストで「これは成長物語ではない」と書かれる。さらに「誰もが際限のない迷路のただなかにいるのだ」とも・・・
そうか。見渡せば、どこもかしこも岐路ばかり。見なれたように見えるこの世界でも、延々と続く岐路に立ち、その都度、否応無しに道を選択しつづけてきたのだ。これからもきっと。
道を選ぶことに正解もまちがいもないだろう。選んだ道を進むしかないんだ。
主人公たちの選択に、はらはらしたり、ほっとしたりしながら・・・それでも、時々、なぜ別の道を選ぶことができなかったのか、と後悔する。
もしも自分の前に、ある日突然そんな風景が見えたら・・・差し招かれたら・・・
夜闇の中にぼーっと浮かぶ薄明るい提灯。風景を振り分けにして現れた見たことのない小道。
小心者の腹はきまっている。理性は明確に選ぶべき道を教える。
でも、ほんとうに? ほんとうに足を踏み出さずにいられるのだろうか。