- 作者: カルロスバルマセーダ,柳原孝敦
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2011/10/08
- メディア: 単行本
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いきなり始まった、あまりのショッキングな描写。むりむりむりむりむりむりむりむりむり。
わずか3ページにして挫折しそうになった。
気を取り直して続きを読むと、まるで悪い夢から目が覚めたように、別の物語に変わったかと思う。
アルゼンチンの老舗の食堂『ブエノスアイレス食堂』の誕生から変遷の物語になる。
食堂の歴史は、オーナー家族の歴史である。
しかも一家族の歴史を描くことによって、アルゼンチン激動の時代の歴史をあぶり出している。・・・黒歴史です。
この200ページほどの物語の中に、たくさんの名前が現れ、星のように輝き、あっというまに消えていく。
だれもかれも個性の強い人々であり、そのために忘れられない印象を受ける。その人生も数奇です。
けれども、彼らのだれかに感情移入する、ということもない。小気味良いくらいに、している暇もないのです。
饒舌に言葉を尽くして一人ひとりの人生が描かれますが、まるで早口のニュース映画を見ているような感じ。
思えば、人々はまとめて群像、塊のようです。
むしろ、彼らの人生の舞台となった「ブエノスアイレス食堂」という入れ物が、一個の人格を持っているようにも思う。
秘蔵のレシピ本を心臓にして。
そして、いつの時代にも天才と呼ぶにふさわしい料理人がこの食堂に現れたことも、その料理人の運命も、
「ブエノスアイレス食堂」という人格が引きよせたのか、と妄想してしまう。
そして、あの衝撃的な冒頭の描写はあのまま消えてしまったのか。
そんなことはない。忘れられるものなら忘れたいけど。
早口で語られ続ける食堂の歴史の裏で、ひっそりと、ゆっくりと芽をふき、成長していたのだ。
それが気になるから、食堂で供される珍味美味の事細かな描写を読んでも、食欲がわいてこないのだ。
凝りに凝った究極の料理の数々のイヤってほど詳しい描写には、本当は、ときめかずにいられないはずなのに、
極めれば極めるほどに(見事、とは思うものの)これは「食べもの」ではないような気がしてくる。
いや、たぶん、最初の場面に胃が固まってしまっているんだ。
この国を動かしてきた人たち、ときの政権に関わった人たちへの、おそるべき風刺だろうか。
あるいは気ままに揺れ動く歴史の波に、呑まれた人たちの怨念の物語だろうか。
子が母を・・・というところから始まるのもまた意味深長な気がする。
日本の慣用句(?)にも「毒まんじゅうを食らう」という表現があるではないか、と思った。
食べる、ということは至福であると共に、同じくらい後ろ暗いものを感じる。
今夜、何食べよう? なんだか毒気にあてられてしまったようで、何も作りたくないなあ。