クレイ デイヴィッド・アーモンド 金原瑞人 訳 河出書房新社 |
ごく平凡な家庭で普通に大きくなった少年がいて、
そこそこに嘘をついたり悪事を働いたり、ずるくたちまわったり、
それでも、根が善良であるから、人の善意を素直に信じてもいる。
だけど、誘惑にも屈しやすい。
悪や闇の誘惑を恐れながらもその魅力も感じている。
自分のなかに、それに呼応する闇があることを意識して。
悪の誘惑って、なんて巧みなんだろう。
相手のなかにある悪に対する憧れの小さな小さな芽を敏感に嗅ぎ取って、くすぐる。
意識させる。
そこに訴える・・・
クレイは粘土で作った人形。邪悪な願いによって、命を吹き込まれたモンスター。
この人形が動き出す。強い念に応えて、人形が立ち上がった瞬間は、読んでいてぞっとしました。
こんなに怖しいのは、
スティーヴンの悪意と、そこに魅せられて麻痺したように引っぱられるデイヴィッドの心の闇に吸い込まれるような気がするから。
「動け」「生きろ」という言葉は、粘土への命令ではなく、悪意の発動への命令だったからです。
・・・そして、怖ろしいことが起こってしまいます。
それなのに、なぜこんなに美しい、と感じるのだろう。悲しいと感じるのだろう。
クレイは怖ろしい人形ではないのです。怖ろしいのはそれに命を吹き込む人間の邪悪な心なのです。
悪意に動かされるクレイのなかにあるのは、ただひたすらでひたむきな献身。悲しみさえ感じてしまう姿。
真夜中の散歩の場面が心に残ります。
それは、神秘的で美しい。
秘密の中にある輝き。
この本でいちばん好きなところです。
善でも悪でもない。
ただけなげなだけのモンスターが、何の使徒なのか、と思うと、この存在は、どこか聖的な感じもあって、たまらないのです。
この散歩のつかのまの平和がほんとに美しい。
ラストが素晴らしいです。
土に返ったクレイから薔薇やサンザシが芽を出し、伸びていきます。イチジク、トネリコ、トチノキも。
それは、モンスターを作るためのクレイのからだに埋め込まれた小枝や種から生まれ出たものです。
そうして伸びていく植物には希望が宿っています。
やがて森になるでしょう。
土くれが命を持って動くことよりも、土くれが土くれのままで命を生かし育てることのほうが、魔法だと思います。
しかもとても大きな力、奇跡です。
人が作る奇跡には限界があり、絶対敵わない素晴らしい奇跡のなかに、わたしたちは暮らしているのですよね。
あの子の涙や悲しみ、孤独が、よみがえってきます。彼のなかでも、小さな明るい種が、芽をふき、どこかで大きく育っているような気がしています。