里山の少年

里山の少年 (新潮文庫)里山の少年
今森光彦
新潮文庫


今森さんのアトリエのある仰木周辺の里山の、さまざまな風物を見つめながら、ともに暮らしながら、その物語を語る。
そこに住む人々のことも語る。
ときどき、過去の世界から、昆虫を探して歩き回っていた今森光彦少年が現れたりもする。


美しい里山。春夏秋冬の生きている里山の呼吸音まで聞こえてきそうな今森さんの写真。
それは、自然と人とが一致団結して、協力し、寄り添いあって作り出した絶妙なハーモニーなのです。
人を圧倒するような自然ではなくて。
人は自然の恩恵を受け、自然にお返しするような、そのようにして、持ちつ持たれつ、双方に温かい心の通い合いがあるようなそんなイメージ。
だから里山は温かい。
まるで「おはよう」「どこへお出かけだね」とでも声を掛け合っているような気さえしてくるのです。自然と人間とが。


けれども、人の暮らしは変わっていく。
嘗ての美しい里山の姿は変貌していく。
そして、この美しい風景は、なんという微妙なバランスの上に築かれたものだったのだろう、と気がつくのです。
一概に、あるがままの風景を守ることが人の幸福に繋がるわけではないこと、また自然保護でさえないこともあるのだ、と知ります。
確かに合理的で便利な生活を選んだために大切なものを失っている、という面もあるのです。
だけど、それだけではなくて・・・
たぶん、里山、というものが、全き自然ではなくて、
人との協調によって生み出された自然だということが、変化を余儀なくさせている原因なのだと思う。


そのうえで、やはり消えていくものに対する悔しさ、辛さがにじみ出てくるその文章に、胸を突かれるような気がする。
今森光彦さんはぼそりとつぶやきます。
――今では「労働」とはつまり、「しんどい仕事」のことなのだな、と思う――と。
はさみこまれた美しい仰木周辺の里山の写真。
でも、この写真のままの風景は、あと何年残るだろうか。
もう今はないのだろうか。