話してあげて、戦や王さま、象の話を

話してあげて、戦や王さま、象の話を

話してあげて、戦や王さま、象の話を


1506年、若きミケランジェロは、オスマン帝国のスルタンに、金角湾に架ける橋の設計を依頼されてコンスタンティノープルに渡る。
そもそも、彼はローマで教皇廟の設計に携わっていたのだが、教皇はわずかばかりの前金を渡したあと、約束の金を出さない。
それで、逃げ出したのであった。


ミケランジェロの体験するコンスタンティノープルイスタンブル)の雰囲気に迷わされます。
文体のせいだろうか。これは夢なのか現なのか、朦朧としてくる。
両性具有(に見える)の踊り子、男を愛し女も愛する詩人…彼らの姿は、西洋と東洋の混じりあったコンスタンティノープルという町そのもの。
宗教も文化も人も、遥か彼方から流れつき、出会い、雑多に混じる場所なのだ。
そして、陰謀も術数もまた、その水面下で細かく激しく張り巡らされていたりして、実にいかがわしい。
でも、表はあくまでも静かで、夢見るように朦朧としたまま。
わたしも半分酔ったような気分で、町を眺める。


主人公だけではなく、読者をも夢の世界に誘う、夜ごとの囁き手は、千夜一夜物語のシェヘラザードを彷彿とさせる。
すべてが夢なのだろうか。彼女の語った物語なのだろうか・・・


天才彫刻家でありながら、芸術以外のことにはちょっと疎いんじゃないか、と思われる鈍感で純情なミケランジェロ
隙がありすぎるくせに妙に固くて、しかも異教徒のなかで仕事をしながら、教会からの破門を怖れる臆病さも、彼の魅力だろうか。
ふらふらと漂っているように見えながら、天才と言われるに相応しい仕事ぶりにも魅了される。
ミケランジェロ・ブオナローティ、青年である。


しかし、後ろ盾のない天才は、権力者にとってどういう存在なのか。ひんやりとした冷たい手で首筋を触られたようでぞくっとする。
一方で無私の愛を貫き通す一途な者もここにはいる。
だけど、人にも事件にも感情移入して読む、ということにはなりません。
何もかもが、靄の向こうにあるようで、人も建物も等しく、コンスタンティノープルという町が持つ様々な側面の一つでしかないような気がする。
不思議な雰囲気、不思議な香り、薄暗い中で灯された灯を見ながら、いつのまにうとうとしたのだろうか、と思う。
夢のようだ。