夢の中でしか行きつくことのできない街パリンプセストには、蛙や鮫の頭を持つ女がいる。麒麟の脚をもったウェイターが給仕するレストランがある。機械じかけの蜂たちが羽を振るわせ、轟音をあげて走る列車は列車同士で番う。
この町に行く方法は、その体に地図を刻まれた人間と体を重ねることだ。
パリンプセストは、おとぎの国だろうか。
戦争があり、貧富の差は激しくて、厳格な階級差がある。こちらの世界よりも魅力的とは思えない。
登場するのは四人の男女。
パリンプセストに魅せられ、そこに行きたいがために、身体を重ねる相手を探す。
昼も夜もそこに囚われて、もはや、普通の暮らしすらできていない。
そして、その都度、自分の体を傷つけていく。
地図を持った人間と身体を重ねることで、自分も、自身の身体のどこかに、地図を刻み込まれる。それは、思わず目をそらさずにいられないようなグロテスクな切り傷なのだ。
官能的で、きわどい場面が続くのだが、そうした場面を、どぎついとは、さほど感じないことに、実は戸惑っている。動じることなく読んでしまえることがむしろ不快でもある。
それは、そうした行為に、愛情や情欲が(ほとんど)ないせいかもしれない。彼らにとって、それは、ただ、かの町へ入るための通行税であり、パスポートの提示程度の意味しかないせいだ。
そうまでして、なぜそこに行きたいのだろう。
パリンプセストとは、上書きの意味があるそうだ。
羊皮紙か子牛皮紙の上に、すでに書かれていた文字を消して上書きした古文書のことだそうだ。
そうだとしたら、その名を戴く町は、一体何を意味しているのか。
この世界のあれこれの上に上書きした世界であろうか。
幻想的で、グロテスクな言葉や文章が、美しい皿に乗せられて、目の前に差し出されてくるが、それらが本当に意味するものは、なかなかはっきり見せてもらえない。
こちらの手のなかでするりと身をかわして逃げていく。まるで鰻みたいだ。
読み終えるまでにずいぶん時間がかかった。
私には、ずんずん読み進めるような読書ではなかった。物語のなかをゆらゆら漂いながら、どこへ運ばれていくのかわからずにいるような読書だった。
私は読みながら、眠くなってしまう。半分うとうとしながら読んでいると、本のなかの妖しい言葉と自分の夢(妄想)とが結びついて、ますます物語が異様なさまになっている。
果たして、これは本当に書いてあったことなのか? それとも私の妄想?
私も夢の中で旅しているみたいだ。
四人の男女。
それぞれ、この世で失くしたものがある。見つけ出したいが、もはや、こちらでは見つけることがかなわない。
あの街で、もしかしたら出会えるかもしれない。かすかに尻尾を見かけたような気がする。
だから、行きたい、探し物の続きをするために。そのためにどんな犠牲を払っても……そういうことなのだろうか。
悪酔いするような旅だったが、物語が終わるときに見えていたのは、明るさの兆しではないだろうか。