旅をする木

旅をする木 (文春文庫)旅をする木
星野道夫
文春文庫
★★★★


一羽のイスカが落としたトウヒの種が、さまざまな偶然を経て、川沿いの森に根付き、
そのうちに地形が移り変わり、トウヒの姿も変わり、
やがては原野の家の薪ストーブの中で終わるかに見える。
でも、大気の中から、生まれ変わったトウヒの新たな旅が始まっていく、という。


これは、「旅をする木」というタイトルのもとになった物語。アラスカで語られた話。
トウヒの旅。自然に抗わず、その時々の環境の中で精一杯生き、自分に与えられた役割をしっかり果たしている姿に心動かされます。
絶壁の上に一本だけ残って生きていたときにはランドマークとして、流木となって運ばれた原野では、
きつねのにおいつけとして、やがてはストーブの中で薪となって最後の役割を終える・・・
すがすがしい一生の姿。
それは、懸命に生きた星野道夫さんの生き方にも繋がるでしょうか。
わたしたちもまた、与えられた場所で懸命に生きるための心のより所になるでしょうか。
日常はこまごました心配事の連続ですが、大自然の前ではなんとなんと小さいことだろう・・・
生きるということは基本、思っているよりもずっと単純なことなのかもしれない。どの瞬間もかけがえのないものでもある。
また、「自然保護」「動物愛護」という言葉はなんて傲慢で不遜なものであるだろうか。

>私たちが生きてゆくということは、誰を犠牲にして自分自身が行きのびるのかという、終わりのない日々の選択である。生命体の本質とは、他者を殺して食べることにあるからだ。

>私たちは、千年後の地球や人類に責任を持てと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、現実としてやはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり正しい答えはわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出していく責任はあるのではないかということです。

>「私が薬草のことを本当に知ろうと思ったのは、この土地に初めてやってきた頃出会った一人のインディアンのおばあさんに導かれてからなの。彼女は驚くべき知識をもっていて、それをインディアンのやり方で私に教えてくれた。つまりね、静かに耳をすますこと・・・・・・あらゆる植物は何かの力をもっていて、その力をもらうには、静かに耳をすましながら、そこに近づいてゆけばいいというの・・・」

>「いつかある人にこんな事を聞かれた事があるんだ。たとえばこんな星空や泣けてくる様な夕陽を一人で見ていたとするだろう。もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどう伝えるかって?」
「写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンパスに描いて見せるか、いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな」
「その人はこう言ったんだ。自分が変わってゆく事だって・・・・・・その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆく事だと思うって」

大自然の懐近く暮らす人々は、なんと深い知恵を持っているのでしょう。
「静かに耳をすます」この謙虚さ、この知恵。文明の中に暮らし、風の匂いや空の色を感じることを忘れてしまっている私の暮らし。
耳をすましたら、どんな言葉が聞こえるだろう。
この土地の、この地面の上に立ち、わたしたちがまずできることって何だろう。


星野道夫さん。
旅をするトウヒのように、今は、大気の中で新しい旅をしているだろうか。
わたしもささやかなわたしの旅を一歩一歩大切に歩んでいこう。

サリーのこけももつみ (大型絵本)
旅をする木」にこの絵本が出てきたので、引っ張り出してきました。
アラスカでは、この絵本はとてもリアリティがあるのだそう。
母親(クマも人も)にとっては笑い話どころではないよねえ。でもやっぱりかわいくておかしい。
この懸命さがいじらしい。「ポリン ポルン ポロン」が大好き。