つむじ風食堂の夜

つむじ風食堂の夜つむじ風食堂の夜
吉田篤弘
ちくま書房
★★★
>私の父は手品師であった。
それも、右手と左手だけが手品師であり、あとの残りの部分はごく普通の父親だった。

こんな文章のあとには、どんな物語が続くのだろう・・・と、どきどきしてしまう。

どうみても万歩計にしかみえない二重空間移動装置と帽子屋さん。雨降り先生と呼ばれる「わたし」は人工降雨について研究している。売れない女優や、イルクーツクへ行ってみたいという果物屋の青年。
この素敵に曰くありげな人たちが集うのが、月舟町の十字路にぽつんとひとつ灯をともす小さな食堂。そこに集まる人々の、 普通というにはちょっと特別な感じの、特別というにはあまりにささやかな物語。

「夜」がなんて謎めいてみえることだろう。そして、そこにともされる小さな明かりがなんとほっとさせてくれることだろう。
まるで、手品師の、テーブルの上の術にはまったような感じ。

読むそばから、忘れていく私。きっとこの本のこともだんだんに忘れてしまうのだろうと思う。でも、この不思議で幻想的な雰囲気はきっと残る。夜霧のなかに浮かび上がる灯台のような食堂の灯かりのイメージが蘇ったなら、なつかしい気持ちで、物語を思いだそうとするだろう。