『アクナーテン』 アガサ・クリスティー

 

クリスティによる戯曲七冊目は、古代エジプトを舞台にした三幕もの。
アクナーテンことアメンハテプ四世がエジプトの王に即位したのは紀元前1362年のことだ。
搾取と不正がまかり通る古い時代を改めるため、アクナーテンは、大規模な改革を行う。多神教を廃し、唯一神アテン神への信仰を軸として。
「搾取のかわりに自由を人民に提供するのだ。」
「誰もが平和を楽しむように。幸福に暮らすように。誰もが隣人と仲睦まじく過ごせるように。わが父アテンの愛のうちに」
アクナーテンは誓いを実現する。エジプトはもう戦争もしない。
アクナーテンの言葉のひとつひとつに心から賛意を示したい。
「自由より隷属を臨む人間がいるだろうか」
それなのに、なぜ彼は失敗したのだろうか。失意のうちに世を去らなければならなかったのか。


アクナーテンは無邪気。純情で裏表もない。彼を心から愛する人たちにも恵まれていた。普通の人ならそれでよかったけれど、彼は王なのだ。


アクナーテンは最後の最後までゆるがなかった、変わらなかった。
変わるほどの柔軟さもなく、修正や成長もなかった。そもそも人の話に耳を傾けたり、頭を巡らせて物を見ようとはしなかった。もちろん奸智など思いもよらず、巧妙な立ち回りもできなかった。
アクナーテンが目指すエジプトは美しい。国民たちにこうあってほしいとの願いも。
だけど、それだけでは、のっぺりとした単なる絵にすぎないのだ、ということを思い知らされる。


失脚する王のまわりには(王を廃したい者たちによって)長い時間をかけて周到に奸計がめぐらされていく。奸計に踊らされたのは誰か。罠に嵌ったのは本当は誰か。
王を手にかけたのは誰なのか。
物語が、ずんずん悲劇に向かって進んでいくのを、じりじりしながら見守っていた。