『イノック・アーデン』 アルフレッド・テニスン

 

おさななじみの少女アニィを恋する二人の少年、船乗りの倅イノック・アーデンと粉屋の倅フィリップ・レイ。
大人になり、アニィの心を射止めて結婚したのはイノックだった。愛する妻と子どもに恵まれて幸せな家庭を築いていたが、愛する家族にさらなる富をもたらしたいと、止める妻を残して、航海に出る。


悲劇が待っているのである。
関係者一同、だれも悪者なんかいないのに。むしろ、愛情深く誠実な人たちである。
どうすればよかったのか、と考えてもわからない。どうにもならなかったのかもしれない。


家族のために出かけるのだ、とイノックは言うけれど、子を抱えた妻は夫に出かけてほしいなんて、これっぽっちも思っていなかった。地道に暮らして、ほどほどの生活を続けていければそれでよかった。
でも、イノックは
「一度思い立ったら最後、手を付けて、思いのままやり遂げずには済まない男」だったという。生まれながらに夢想家であり、野心家であり、なによりも冒険者だったのだ。
悲劇の始まりは、逆向きに思える二つの願いを、どちらも妥協せずに叶えようとした事ではないか、と思う。


美しい物語詩だ。
望み潰えた一人の人間が、遠くから故郷(幸福のありか)を思いやる場面、あるいは人知れず暗く冷たい場所から、明るくあたたかい場所を覗き込む場面など……手の届かない美しい描写が、男の孤独を、悲劇を際立たせる。