『マーティン・イーデン』 ジャック・ロンドン

 

マーティン・イーデンは、中学を中途で辞めて、以来、生きるために、いろいろなきつい労働をしてきたが、今は、水夫だ。
そんな彼がブルジョア家庭の令嬢ルースに一目で恋に落ちるが、ルースの家族にとって、彼は珍しい野人に過ぎなかった。
彼は自分を磨き、ルースに相応しい人間になりたい、と思った。
彼は、独学し、ことに文学では著しい進歩を遂げる。ルースの愛も得た。
彼は、作家になることを決意する。まとまった原稿料を受け取れるような作家になることは、自分のためというよりも、いずれ結婚を考えるルースのためだ。
けれども、なかなか日の目を見ることはできず、どん底の生活になる。
周囲は、ことにルースは、無謀な夢を諦めて、ちゃんとした仕事につくことを勧めるのだった。


なんて危なっかしい恋だろう。
マーティンもルースも、自分が属する階級社会の狭さが見えていなかったから。
互いの間に愛があれば大抵のことは(階級差も)乗り越えられる、と信じているが、自分の立場も、相手の立ち位置も正確に思い描けず、乗り越えるべき壁もちゃんと見えていないのだと思う。


一途に夢見、書き続けるマーティンを追いかけながら、ほんものの文学ってどんなものだろう、と思う。
文学に関わり、言葉を弄する術だけは持っているけれど、文学なんて本当は一かけらも、わからない(それなのに充分知った気でいる)無責任で下劣な出版業界や、読書人たちを嫌というほど見せられた。
なんだか、その片隅に私自身もいるような気がして、居心地が悪くなる。
ストレートな怒り、皮肉、絶望が伝わってくる。


マーティンの最も困窮を極めた文学修行時代に出会い、彼に大きな影響を与えた、裕福な友人ブリセンデンの存在が印象に残る。
彼はいったい何者だったのだろう。
マーティンの才能と作品を誰よりも高く評価して、それだからこそ、雑誌に投稿するようなつまらない真似はやめるようにと忠告する彼。
読み終えた今、ブリセンデンは、数年後の未来からやってきたマーティン自身のように思えてならない。