『動物園の獣医さん』 川崎泉

 

動物園の獣医さん (岩波新書)

動物園の獣医さん (岩波新書)

  • 作者:川崎 泉
  • 発売日: 1982/10/20
  • メディア: 新書
 

 

著者は、上野動物園の獣医さんだ。係われば係わるほど、動物たちに嫌われていくことになる、という不本意な立場である。
言葉が通じない相手を、宥め、騙し、ときどき、無理やりに拘束しての診療になるが、動物もなかなかに賢くて、人と動物との駆け引きに(大変だなあと思いつつ)つい、くすっと笑ってしまう。
たとえば、マントヒヒに薬を飲ませるべく、バナナの果肉を削いで、そこにクスリを仕込んで、ほかの果物といっしょに、澄まして差しだす。けれども、あとで確認してみれば、檻のあちこちには、ほじったようなバナナが擦りつけてあり、ことに、仕込んだはずのクスリがしっかりこびりついていたそうだ。
沈黙でみつめる獣医さんたちの顔が目に浮かび、やはり、くすっと笑う。(大変だなあと思いつつ)


もっとも心に残るのは、動物園での死に関して書かれていることだった。
「動物の死に数多く直面しそれを見つめてきた私たちにとっても、死は決して慣れてしまうような性質のものではありません」


ことに動物の子どもの死。
出産のトラブルや、その前後の親の異常なくらいの昂まりから、親によって子どもは簡単に死なされてしまう。
あるいは、無事に生まれ、順調に育っていたものが、ある日、群れの誰かに殺されてしまったり……。
獣医たちの、無力感が伝わってくる。


高齢、重病の動物たちの死も心に残る。
老衰で静かに死んでいったメガネザルのヨシコ、死と最後まで戦い続けたキリンのフトシ。
死にゆく彼らの様子を読んでいると、尊厳、という言葉が浮かび上がってくる。
それは、著者の、動物の死に対してとっている姿勢だと思うのだ。人も動物も、死を前にして等しく尊い


救うことのできない重い病気、たとえば腫瘍をかかえた動物について、著者はこのように書いている。
「彼らが、自分に生じたこれらの病気を知っていたのかどうか、私たちにはもちろん定かではありません。しかし、それらの動物をみていますと、彼らは、その最期までこのような病気とうまく共存するすべを備えているのではないかという気がしてなりません。そして、そういった彼らの中には、比較的長生きしているものがいるのもまた事実なのです」
人には到底及ばないような知恵が、動物たちには備わっているのではないか、と思う言葉だった。