『吹部!』 赤澤竜也

 

吹部! (角川文庫)

吹部! (角川文庫)

  • 作者:赤澤 竜也
  • 発売日: 2016/06/18
  • メディア: 文庫
 

 

吹部とは、吹奏楽部のこと。そして吹部は文化系ではなくて体育会系だ。
あまりぱっとしない中堅公立高校の、今にも潰れそうな吹部の物語だ。
物語の語り手は交互に二人。
一人は二年生の鏑木沙耶。平々凡々、中途半端な(と本人が自分のことをいう)性格の彼女は、のんびりと吹部を続けられればいいと思っていたが、突然、部長に任命されてしまう。
もう一人、同じく二年生の西大寺宏敦。将来を期待された音楽エリートだったが、中三のときに、ふつっと音楽をやめてしまっていた。


四月。吹部の顧問になった新任のミタセン(三田村先生)が、初対面の沙耶に、「ねえ、吹奏楽コンクールに出たくない?」と言ったところから、物語は始まる。
部員がそろわない。三年生はさっさと引退を決めこんでしまった。今にも空中分解してしまいそうな吹部が、コンクールに出るなら、まずは部員集めから始めなければならない。
いろいろな性格の、いろいろな環境の、いろいろな思いを抱えた生徒たちが集まってくる。
この物語は、数々の障害を乗り越えて、ともにコンクールをめざす、青春物語なのだ。


数々の障害、といったけれど、何よりも、熱血指導(のはず)の顧問が問題になるとは。
彼は「短気で無神経なうえ、わがまま。他人の気持ちなどまったくおもんばかることのできないおこちゃま大人」だった。
生徒たちは、しょうもない先生の面倒を見る始末に。
正直、最初はこの先生のあまりに突飛さに、現実味がないように感じて、ついていけないと思った。
だけど、いつのまにか夢中で読んでいた。


沙耶によるこんなセリフがある。
「放課後になって、ひとりでチューバを吹いているといろんな教室からみんなの音が流れてきます。(中略)音だけでみんなの感情もわかるようになってきました」
彼らは吹部で、彼らは楽器で音を出し合っている。
気もちを、顔色や言葉ではなくて、楽器で表す人たちは、私の知らない別の言葉で語りあっているのかもしれない。
ともに楽器で音を出し合い、音を合わせあう彼らだから、わかることがある。
たとえば、ミタセンが「一種の天才」であること。見た目では分からないものが、音楽を奏でる若い彼らには見え始めている。


「高校生の吹奏楽は面白いよ。キミも知ってのとおり、フルオーケストラをちゃんとやろうと思ったら一年や二年では絶対ムリだ。(中略)でもね、思春期の生徒に金管木管をやらせると、奇跡が起きることがあるんだ。ある程度の才能があって、死ぬほど努力すると、信じられないことがおこる。突然、音が変わるんだ。きのうまで石ころだったものが、気づいてみると宝石になっている」


私が読んでいるのは石ころたちが宝石に変わる魔法の課程なのだ。それは、楽しい魔法だ。

音楽が聞こえてくる。
文字が音になり、音楽になる。
読んでいるこの身が揺れ始める。
もっと読んでいたい、もっと聞いていたい、と思う。