『旅の冒険ーマルセル・ブリヨン短篇集』 マルセル・ブリヨン

 

旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集

旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集

 

 

五つの短編の主人公たちは、誰もかれも居所も身分もはっきりしない。名前もない旅人たちだ。
彼らの旅はいったいなんなのだろう。
手の込んだ案内によって導かれるのは、暗い場所ばかりだ。
そんなところに行ったらいけないよ、きっと怖ろしいことが起こるよ、戻れなくなるよ、と読みながら思うけれど、でも見てみたい、旅人がその扉を開けたその先に何があるのだろう、と期待してもいる。


美しい文章である。
たとえば、一作目『深更の途中下車地』の書き出しは、こんなふう。
「列車はやんわりとした音とともに止まった。レールが雨に打たれて静かにささやくようなかすかな音をたてて身震いしていた」
だけど、この文章が導いていくのは、悪夢の入口。
入っていくしかないのだ。引き返す道はない。


途中下車したのは「正面のない町」だった。
年老いたような顔の少女は、抱いた人形の顔をなぜか布で隠そうとする。
自分は何度も戦死した、と兵士は語る。
「火のソナタ」の弾きては、その曲を二度とひくことは出来ないのだという。
ないはずの通りとその住人に出会ってしまった。
それぞれの物語は、そうして始まるわけで、さて、ここで続きを読まずに本を閉じられるだろうか。


繰り返し思う。彼ら旅人たちは、なぜ旅に出たのだろう。なぜ、ここにたどり着いてしまったのだろう。
旅には、なにか隠れた意味があるのではないか、それとも、たまたまくじ運が悪かったとか。


恐ろしいけれど、幻惑されてしまう。早く醒めたい夢だと思うけれど、もっと読みたいと思ってしまう。
もしかしたら、あのジプシーの女が読み聞かせた物語のように、これは危険な本、かもしれない。