『不時着する流星たち』小川洋子

 

不時着する流星たち

不時着する流星たち

 

 

収録された十の物語に登場する人たちは、もしかしたらこの世のどこかに、もっと生きやすい場所があるのではないか、と思う。
実際、近寄りがたい人たち(急いで逃げ出したくなるような人もいる)だ。
食べ物が絡んでくると、気味悪さが際立つ。肉詰めピーマンや淡水魚のバター焼きも、「おいしそう」とは別の価値観でスポットライトを浴びているが、どうにもたまらないのがババロアで、ああ、当分ババロアは食べたくないと思う。
そういう料理を作る人やそれをとりまく人びとの雰囲気を、料理か代弁しているようだ。


さんざんなことを最初に書いてしまったけれど、本当はそこじゃない。
彼らは、なんて透明で善意の人たちなのだろう。彼らの透明さがあまりにまぶしくて、平凡な人は、きっとずっと見つめていると苦しくなる。
とても美しいものが目の前にあるのに、手を伸ばして迂闊には触ることが許されないことを、こちらもあちらも、ちゃんとわかっている。
それを確認するような、短編集と思った。


一つ一つの物語の後には、人名辞典や百科事典の一項目の抜書き(?)のような短文が添えてある。
たとえば、いちばん目の物語「誘拐の女王」のあとには、ヘンリー・ダーガーという名前と彼のちょっと変わった経歴が記されている。(私が寡聞なのかもと思いもするが)聞いたことのない名前である。あまりに不思議な経歴で、この人物、もしや作者の創作なのではないか、と思った。調べたらちゃんといた。彼の死後発見された絵もみることができた(その魅力に惹きつけられた!)
そして、ここを読んだとき、物語のあちこちに、符丁のように、このヘンリー・ダーガーっぽさがちりばめられていることに気がついた。
十の物語がそれぞれみんなそんな具合で、物語のあとに必ず付された一項目、そこに何がどのように書かれているのか、それが物語のどこにどう散らされているのか、リンクされているのか、確認するのが楽しみでもあった。