『軋む心』 ドナル・ライアン

軋む心 (エクス・リブリス)

軋む心 (エクス・リブリス)


アイルランドのある村に住む二十一人の独白が、二十一の連作短編のようでもある。
暗闇の中を手さぐりで進むように、一人ひとりの心の内を聞いていけば、だんだんいろいろなことがわかってくる、いろいろなことが繋がってくる。
起こってしまったことや、起こりつつあるいくつかの事件、などもだんだんに見えてくる。
キイワードを探しながら真犯人に至る道を探すこともできるし、その際に、いつのまにかミスリードされて、あらぬ方向を向かされていたことに気がついたりもする。
でも、それらは、本当は大切なことではない。


ある家の門に、錆びてしまった赤い鉄のハートがついている。そのハートが、風に吹かれて軋むのだ。ぎい、ぎい、ぎい、と。
二十一人の心のぎい、ぎい、ぎい、を私は聞いている。
まるで重くたれこめた雲に押しつぶされているような気持ちにさせられる独白ばかり。
誰もがだれかに押しつぶされ、喘いでいる。ぎい、ぎい、ぎい、と。
ぎい、ぎい、ぎい、と音を立てながらこの共同体はバランスを保っているのかもしれない。


ある出来事一つ取り出しても、あるいは、ある人物の印象一つとりだしても、二十一人にはそれぞれ別の見方がある。それぞれにとって別の意味があるし、その都度、私は別の印象を与えられる。
別の人間の別の言葉で読むうちに、一人ひとりの人間の彫りが深くなっていくのを感じる。
決してひとことで決めつけられない人間たち。そして、目に見えない(本人同士でさえ)気づいていない絆に、ふいに心揺さぶられたりもするのだ。
重苦しい物語を読んでいるつもりだった。
重たい雲に押しつぶされたような村だと思った。
しかし、本当にそうなのだろうか。実際、軋んだハートは、壊れて地に落ちてしまう場合もあるのだろう。それでも・・・何かある。
読み終えた今、この共同体のバランスの重心が別の方向に移されたように感じている。別のバランスがあることを感じている。