『琥珀のまたたき』 小川洋子

琥珀のまたたき

琥珀のまたたき


ママと三人の子どもたちが、別荘にたどりついたとき、そして、そこに隠れて暮らし始めたとき、子どもたちは名前を変えなければならなかった。
「パパの百科事典」から、オパール琥珀、瑪瑙。そして、彼らは元の名前を忘れ、生まれた日さえも、忘れていく・・・


狂気と妄想、呪縛。
しかし、閉じられた内側には、外と隔絶している故の、独特の調和と平和がもたらされる。その不思議に、おののきつつ、魅せられてしまう。
いついつまでも続くはずがない。そのまま腐るか、砕けちるか、どちらにしても、それは束の間の世界のはずだ。
読みながら、壊れることを期待しつつ、怖れてもいる。

>「琥珀は松や杉などあらゆる木々の樹液が数千万年かけて化石になったものです。現在ではもう絶滅してしまった木の樹液もあります。鉱物と同じくらい固く、装飾品に利用されます。古代、虎の死骸が固まったものと信じられていました」
・・・虎の死骸はともかく、虫が封じ込められた琥珀は、割と良く見る。
それだから、琥珀の、(視力を持たない)琥珀色の片目の奥に虫のようなもやもやしたものが見え始めたとき、それが形を成して、小さな妖精のような少女が現れたとき、そうか、この物語は化石の世界なのだ、と思った。


囚われの、それは恐ろしい物語であるはずなのに、こんなにも美しく儚く感じられるのは、これが化石の中の世界だからかもしれない。
それも世界一美しい、宝石のような化石のなかに生きたまま閉じ込められてそこで永遠に生きている子どもたちの物語なのだ。
外に一歩出たら、塵になってきえてしまうもの。
そして、自分自身にとっても、大切に思い出の中に留めたいと思う瞬間、瞬間が、今、この美しい琥珀色の透明ななかで、何も知らずに無邪気に生きているのではないか、と思えば、胸が締め付けられるような気がするのだ。