- 作者: 東宏治
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2006/12
- メディア: 単行本
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著者がムーミン物語を初めて読んだのは大学生のときだったそうです。ヴァレリーやプルーストを読みながらムーミン物語を読むことに違和感はなかったとそう。しかも読書中とても幸福な思いをした、といいます。
わたしもムーミンには大人になってから出会いました。とてもとてもヴァレリーやプルーストを読むような大人ではないけれど、それなりの大人の読書(?)をしながら子どもの本を読むことに違和感はありませんでした。むしろ、いくつかの子どもの本については、大人になってから出会えて良かった、と思っています。ムーミン物語もそのひとつ(大きな大きなひとつ)です。
著者は、その「幸福な思い」の理由を丁寧に読み解いていきます。
とりあげるのはムーミン物語8冊と、「少女ソフィアの夏」「彫刻家の娘」(巻末にポスト・ムーミンの大人向けの本に触れる一章があるけれど)
この本は第一部と第二部に分かれています。
特に興味深い第一部は、物語の登場人物達に関しての考察。
なつかしいムーミンのキャラクター達や、ソフィア・彫刻家の娘の登場人物との共通点を探り、その向こう(というかソフィア・彫刻家の娘は自伝的な作品でもあり)に、ヤンソンを巡る人間関係や、ヤンソンが人間たちをどう見ているか、などを豊富な引用文とともに、深く掘り下げていきます。
どの話も興味深かったが、ことにマイナーな人物(フィリフヨンカなど)の憎めない愛らしさについて書かれた部分は印象に残ります。
辛口のミィは、(割合)良い子のムーミンの分身の役割を担っている、という言葉に、はっとして、すうっと納得できた。だからこの二人は(特にシリーズ後半)一緒にいることが多いのだと。
「安らぎの空間」とともに「憎しみ」にもちゃんと場を与えることの大切さ、マイナーな感情を否定するのではなく、ないことにするのではなく、それに相応しい場を与えることでバランスをとろうとする、ということだろうか。
ミィが人気者なのも、人は無意識に、そういう場を彼女に求めているのかもしれない、と思ったりしました。
ムーミンパパについて、「存在としてはユニークなのだが、能力としては平凡」という言葉に納得する。
ムーミンママには無条件で憧れることができるけれど、ムーミンパパは、真面目に頑張れば頑張るほど、ほんわかとした笑いを呼び起こされました。(それなのに、やっぱりムーミンパパはムーミン一家のカナメなのです)
それについて、作者ヤンソンの「照れ」の顕れなのだ、と筆者は言います。
>作者は、自分が好ましく思う男性達の魅力を彼(ムーミンパパ)に付与しながらも、その照れによって、彼にその魅力をどれもスマートに演じさせないのである。ただし、六つの魅力のうち、彼のやさしさとか友情を知っていることとか自由な精神といった、彼の人柄のよさや品位を保証するうえで作者が本当に大切だと考えるものだけは、あまりからかわれることなく描かれるのである。そのわけは、この作者は、子供たちのためにパパをヒーローにする必要を全然感じていないからだ。そうか、そういうわけでムーミンパパが好きなんだ、結構肩すかしされたり「あれあれ?」と思ったりするのだけれど、大切なところはちゃんと浚っているし、家族もそれを分かっている、期待している。パパはヒーローよりもっとずっと大切でいいものだった。本当に愛されている人だった。
ヤンソンさん自身の生き方や人間観、宗教観(?)などが、物語に内包されているムーミン物語は、ヤンソンさんの伝記よりも伝記らしい・・・
リアルに描かれた「ソフィア」や「彫刻家の娘」の、ヤンソンの家族や大切な人、そして彼女の体験などが、形を変えてムーミン物語の中に生きています。
スナフキンとソフィアのおばあさん(ヤンソンの母)が似ていること、なんとなく感じてはいましたが、その感じを後押ししてもらったようでうれしかった。でも、それだけではなくて、いろいろな人の影がいろいろなキャラクターのなかに、ごったまぜに混ざっていることにも気が付きました。
ムーミンママとスナフキンの思いがけない類似にも気が付きました。
何といっても、ムーミン物語に生きている(心の)「自由」が気持ちいいんだ。好きなんだ。
(一言で「自由」というけれど、ヤンソン流「自由」です。人嫌いで人好きのかなり複雑な、一言では言えない…一言で言うならムーミン一家の暮らしそのもの)
第二部は、ヤンソンさんの物語の技法についての解説が中心です。
技法というと堅苦しいけれど、そして、実際文章を書くためのさまざまな技術があるわけだけれど、それをヤンソンさんの感性はどんなに新鮮でチャーミングに使いこなしているか、ということが書かれています。
>ヤンソンの作品は、登場人物こそ一風変わったユニークな存在が多いけれど、ストーリーそのものは奇想天外というわけでもない。文章の錬金術的な魅力によって、ぼくらに読書の幸福を生み出しているのだ。
そして、ヤンソン自身が幸福な幼年時代を過ごしたからこそ生まれたムーミン家族の物語なのだ、ということ、ヤンソンさんの感じる幸福の照りかえしが読者であるわたしを幸福にしてくれているのだ、ということを確認したのでした。
ムーミンを始め、ヤンソンさんの子どもの本に、大人になってからであったことの幸福を感じています。