影をなくした男

影をなくした男 (岩波文庫)

影をなくした男 (岩波文庫)


主人公ペーター・シュミレールは、どんな人にでもあてはまるような、一言で言ったら平凡な人なんだろう。
不思議な灰色の服の小男に請われて、
つぎからつぎにいくらでも金貨が出てくる「幸運の金袋」と、自分の「影」を取り換えてしまう。


寓話であり、不思議な魔法話であり、おとぎ話であり、
いったい次には何が起こるのか、そもそも最後はどうなるのか、気になって気になって・・・ああ、とても面白かった。
ドラえもんのポケットみたいな不思議なポケット。中から出てくる珍しいものたち。
するすると絨毯のように巻き取られる影。
一足で七里を駆ける七里靴。
きらびやかな小道具の間から覗くのは、悪魔の小ずるく冷たい顔。
主人公の苦悩や悦び、不幸などのてんこ盛りの上に、ブラックな笑いを盛られて、苦く苦く笑う。
さらに、悲恋のロマンスが美しい花を咲かせる。


何も考えず「ああ、おもしろかった」と満足できるお話であるが、
同時に、自然と考えずにはいられなくなってしまうのである。どうしても考えてしまう。
影って、いったいなんだろうって。


百人百通りの答えがありそうな「影」
わたしという実体(?)と影と、いったいどちらが本当は大切なんだろう。
自分の中に自分をちゃんと持って、自信を持ってここにしっかと立っていれば、足もとの黒い影など取るに足りないものではないか?
一方で、人さまの影ばかりをその人だと思って追いかけて、実体をちゃんと見ていないという事も、ありそうだな。


影っていったいなんだろうねえ。
光があれば影ができるのが当たり前。
影を失ったら光も遠ざけざるを得ない、というのが痛い。


無くなってみて初めて知るのは、影そのものの大切さではなくて、
影を実体よりも大切に考える人々の姿だとしたら、なんとも皮肉なものである。
自分にとってそれが大切というのではなくて、社会の人々が重要視するものをもっていないばかりに社会から弾かれる惨めさ。


主人公は影をとりもどすことができるのか。
彼をつけ狙う悪魔はどうなるのだろうか。
どうも、「影」を重要視する人々が俗っぽくみえてくるなあ、と思った時から、
今まで通りの形で影を取り戻すことは幸福な結末とはいえないのでは?と思い始める。
だったら・・・どうなる、どうなる??