ヴォイス(西のはての年代記2)

ヴォイス (西のはての年代記 2)ヴォイス (西のはての年代記 2)
アーシュラ・K・ル=グウィン
谷垣 暁美 訳
河出書房新社


一巻のオレックとグライは夫婦に。オレックは「創り人」として、「語り人」として、高名になっていった。
六か月で亡くした娘は生きていれば17歳になっていたはず、というのだから、二人が故郷の高地を離れて、どれほどの年数がたったのだろう・・・


舞台は南の突端アンサルという都市。
砂漠を越えてきたオルグ人に侵略され、征服され、17年の歳月が流れていました。
オルグ人は、自分たちの神以外の信仰を禁じ、宗教に関わる施設をすべて破壊しました。
また、読み書きを禁じ、アンサルのすべての本を破壊しました。
けれども、この町の「道の長」の屋敷の「秘密の部屋」に、生き残った本が運び込まれ、
膨大な蔵書が人知れず、保管されていたのでした。
道の長に、ひそかに読み書きを習っている少女が、この本の主人公メマーです。
この道の長の屋敷にオレック夫妻が滞在し、町の歴史が、劇的に大きく動いていきます。


歴史が動く瞬間です。
一巻の静かな雰囲気に比べて、劇的な場面がたくさんありました。英雄的な人々もたくさん出てきました。
魅力的なのは敵の統治者イオラス。
自国の王に仕える身でありながら、(立場上限りがあるものの)公平さ、正義観など、またそれゆえの葛藤も、
主人公たちよりも人間臭く身近に感じました。


支配と被支配。
宗教。慣習。人種。そして思想・・・それらが違うことが問題なのではないのです。
「違う」という事実を受け入れ、
どこがどう違うかよく見て、そして、その違っている、ということを認めながら、相手を受けれられるかどうか。
ただ一人二人の英雄が現れてどうにかなるような問題ではないのだ、ということをわたしたちは知るのです。
「受け入れる」と簡単に言ってしまいましたが、その道は、あまりに険しく困難です。人の心ってほんとに厄介。
復讐心でいっぱいだったメマーの成長は、「解放されるために解放する」という言葉に言い尽くされています。
なんという大きな言葉。そして、そう言い切れることへの清々しさ。


華々しい舞台と人物たちに彩られた物語ですが、物語の印象は、やっぱり静かなものでした。
それは、英雄の華々しい活躍によって、一瞬で歴史が動く、という物語ではないから、かもしれません。
それから、主人公メマーの生き方によると思います。
「わたしはここにとどまります」という言葉。広い世界に出ていくことを望むよりも、動かないことを選ぶ彼女に打たれます。
たとえ一時的に外に出ていくことがあったとしても、ここ、この場所が自分の場所。この場所が自分を必要とする限り。
彼女の旅は、遠くへ行くことではなく、自分のなかに深く深く降りていくことなのです。


そして、一巻に引き続き、感じた、本への愛。
ことに物語や詩への思いが美しかった。
もしかしたら、本(物語・詩)が、この本の主人公かもしれません。


心に残った言葉たち。

>恐怖は沈黙をはぐくみ、次に沈黙が恐怖をはぐくむ。

>わたしはいつも不思議に思っていた。創り人たちはどうして家事や料理を物語から締め出すのだろうと。偉大な戦いは、そのためにこそ戦われるのではないのか――一日の終りに、安らぎに満ちた家の中で家族が一緒に食事をするためにこそ。

>ある世代が、知識は処罰の対象になり、安全は無知の中にあることを学ぶとします。次の世代は自分たちが無知であることを知りません。知識とは何なのかを知らないのですから。