センセイの鞄

センセイの鞄センセイの鞄
川上弘美
平凡社
★★★★


・・・ここまでゆるゆるときたのですよ。ずっとほんわかと読んでいたのです。いい感じで。
淡々として、本音まじめなんだけど、まじめであればあるほどなんかずれてておかしくてどこか喜劇になってしまう、この男女の感覚って!と思いつつ読んできたのです。このままずーっといくのかな、それがとっても心地いい。二人の会話をずっと聞いていたいな、と思っていました。それだけで充分なのよ、わたしは。
それが最後に静かに感情を高ぶらせてくれて・・・ずるい本ですね。

――この本がわたしの初めての川上弘美さんです。

センセイとツキコさん。互いに呼び掛け合うその呼び方が好きです。
どこかずれた、もと教師ともと生徒の会話。
約束もなし、会うのはいつもなじみの居酒屋。または町角で偶然に。
しゃれたおでかけも食事もなし。一緒に飲んでも各々手酌で、勘定も別。
倍以上も年の離れた二人のいつまでも近づいていかない距離感。読者としてのわたしも、最初、半分近くまで、まさか恋愛小説だなんて思いませんでした(笑)・・・では何か、と言われたら・・・うーん、まあ、すてきな関係だな、と。(だからずるいんですよ。いや、わたしが鈍いのか。笑)

読み終えてみれば、ああ、いい思いしたなあ、いいお話読んだなあ、と。まるでお伽噺のような。でもお伽噺と呼ぶには生々しい。なんだか不思議な物語でした。
このやわらかくて、どことなくとぼけた文章のせいでしょうかねえ。
または、センセイの飄々としながらも居住まい正しい言葉遣いのせいでしょうか。
ちょっとなつかしいような居酒屋やセンセイの部屋・・・その風景のせいでしょうか。
ベニテングタケを干したもの、とか、現実だか夢だかわからないような夢の世界とか・・・この静かな落ち着いた風景の中にシュールな感じが混ざっているのも、やたら雰囲気、です。

そうそう、おもしろい「たとえ」が次々出てきて、次々納得。
たとえば、
ツキコさんが、ひとりでいてもやることは同じなのに、センセイと一緒にいることがまっとうなような気がする、と感じるその気持ちを「買った本の帯を取るよりも取らずに置いておきたいのと同じ」と言うところ。
それから、
ツキコさんの大叔母の言葉「育てるから育つんだよ」・・・恋愛なんてそんなものだそうです。「大事な恋愛ならば、植木と同様、追肥やら雪吊りやらをして、手をつくすことが肝腎。そうでない恋愛ならば、適当に手を抜いて立ち枯れさせることが安心。」だそうで、なかなかに薀蓄のある言葉です。

やがて、センセイと出会ったツキコさんが、センセイと出会うまえのようにひとりではいられなくなったことに気がつきます。いつもひとりで何でもしていたのに、あのころは誰と一緒にいたのだろう、なんて考えるツキコさん。
人が「自分は孤独だ」と感じる、ということは、かけがえのない誰かの存在があってこそなのだ、ということに気がつきました。