遺失物管理所
ジークフリート・レンツ
松永美穂訳
新潮クレストブックス
★★★★
>ご存知ないんですか? こんなに長くここにおられるのに?
ぼくが気に入っているのは――気に入る、というよりもっと強い気持ちなんですけど――
物を失くした人、遺失物を届け出てくる人との日々の出会いです。
人がどんな物を置きっぱなしにしたり、忘れたり、駅のなかでなくしたりするか、
以前は想像もできませんでした。
それに、調査依頼書にサインするためにここにやってくるときに、
その人たちの性格がはっきりわかるなんてことも、以前には考えもしませんでしたね。
嘆いたり、不満を口にしたり、自分を責めたり。
そして、希望の光が差し込んできたり、ぼくがうまく慰めたりできたときの、あの喜びよう。
捜しに来た人の持ち物を見つけてあげられたときなど、
ぼくまでその人に負けず劣らず幸福な気分になってしまうんですよ。
連邦鉄道の遺失物管理所。
ここには、駅のホームや電車の中でのいろいろな忘れ物・落し物が届けられる。
それは、傘やコートなどといった容易に想像できる忘れ物だけではなく、僧侶の僧服や、かごに入った生きた鳥、いれ歯まで、なぜこんなものを忘れられるのかと思うようなものまで届く。中には、紙幣をびっしり詰めて偽装された着せ替え人形、なんてものまで。
この遺失物たち、それぞれ、単なる「もの」ではなくて、それぞれにドラマチックで、持ち主のさまざまな物語を内包している。
この遺失物管理所が舞台の物語。
心の通う三人の所員のもとに、新しい人員が配属されてくるところから物語は始まります。
彼の名は、ヘンリー・ネフ。24歳。
人はよいけど、なにやらつかまえどころもなく、出世するより楽しく働きたいという。
同僚(唯一の女性、人妻)をしきりにくどいたり、母には頭があがらず、姉から毎月多額の借金をしたり、実はかなりのおぼっちゃん。
だけど、不思議に憎めない、というか、どんどん彼が好きになる。
空気の読めない人ではあるが、彼の理想と人の良さ、年のわりに純粋なところなどに好感をもちます。
彼の趣味の、しおりのコレクションをぜひとも見てみたくなります。まねをして、美しいしおりをテーブルの上、天井から糸でたくさん吊り下げて飾ってみたくなりました。
遺失物管理所。
硬い名前。そして、鉄道の一番奥の暗がりのようなイメージ。忘れ去られたような世界。
・・・でもそこにあるのは小さな(小さいからこそ愛しい)「出会い」でした。
持ち主を特定するために遺失物を調べる。そこから見える持ち主の生活。
そして、その持ち主と物との再会のドラマ。
管理所員と持ち主の出会いのドラマ。
民族博物館の、笛のエピソードはほんとうに美しかった。最後のほうの少女の笛の音とリンクして。
(そして、そこに自国民のなかにひそむ異民族への偏見に対する作者の怒りも感じています。)
温かくて静かな喜びが、大きなたくさんの喪失のなかに、少しずつ少しずつ混ざってくるような物語でした。