『ドクター・デスの遺産』 中山七里

 

ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人 (角川文庫)

ドクター・デスの遺産 刑事犬養隼人 (角川文庫)

  • 作者:中山 七里
  • 発売日: 2019/02/23
  • メディア: 文庫
 

 

警視庁捜査一課の刑事犬養隼人。
一課のハミダシ刑事で、相棒兼目付役の高千穂明日香と組んでいる。
仕事に熱心なあまり家庭を顧みず、離婚した。
難病と闘っている愛娘がいる。
というプロフィールを、読みながら知った。
これは、刑事犬養隼人のシリーズの一冊なのだ。


事件の発端は、小学生からの通報。「悪いお医者さんが来て、おとうさんを殺しちゃったんだよ」
そこから安楽死を専門に請け負う謎の医師(?)ドクター・デスの存在を知る。
ホームページ『ドクター・デスの往診室』の訪問者を洗うことから、姿も足あとも残さない謎医者の行方を追っていく。彼は何者で、どこにいるのか。


人が死んでいるのに、憎むべき人がいない。刑事、医師、患者、家族が、それぞれの信念と良心のもとに立っているのだから。
法に従って犯人を追う刑事さえも、ドクター・デスに対して、かすかな敬意を抱いているようだ。
捜査しながら、犬養は、迷いのようなものを引きずっている。思い浮かべるのは難病に苦しむ娘のことなのだ。


ドクター・デスの凄まじい過去を知れば、本のこちら側から何を言ってもきれいごとになってしまいそうだ。最後の一、二、三秒のことも……
そうではあるけれども。
ここは……わたしたちが暮らすここは、戦場ではない、という思いがわきあがってくる。


病院にもいられず、自宅で苦しみながら最期の時を待つしかない人と、介護する家族と。
その八方ふさがりは、もしかしたら明日の我が身かもしれない、と思うと辛い。他人事ではないのだ。
本のなかの彼ら(患者と家族)に感じるのは、なんともいえない孤独だった。
気に掛けてくれる人は周囲にいなかったのか。手をさしのべてくれる人はいなかったのか。
ドクター・デスの訪れを乞わなければならないほどに。
彼らは、社会から隔絶した冷たい場所にぽつんと留め置かれているような気がする。戸をぴったり閉ざして(閉ざすしかなくて)外の物音を遮断した場所で、誰にも知られずに闘っているように思えた。
それがたまらなかった。


「……犯罪犯罪と言うけれど、それはまだこの国が安楽死の問題をタブー視しているから……」
少子高齢化と老々介護が顕在化すれば、いずれ安楽死を選択せざるを得ない家族が増加するのは目に見えていたのに、……」
いずれ安楽死は違法ではなくなる、というドクター・デスの言葉だ。
「死」は権利だろうか。そうだとしても、その前に、もっと別の権利があってほしいじゃないか。
死を自ら選ぶことが唯一の救い、というのは、あまりにも悲しい。


遺族は穏やかだった、後悔はなかった、という。
本当だろうか。
こういう道しか残されていなかったから、その道を選んだ、選ぶしかなかった人たち。
「これでよかったのだ、究極の選択だったのだ」と自分に、言い聞かせ続けるしかなかったのではないか。


鮮やかに展開していく物語に何度も驚かされながら、一方で釈然としない気持ちが残る。それは、事件が終わってもなお、「罪に負けた」という犬養の思いへの共感でもある。
ただ、犬養の娘、沙耶香の朗らかさが、心地よく胸に残る。病院のベッドを離れることが叶わない彼女の明るく輝く笑顔が、「とことんやったれ」という言葉が。

 

 

鮮やかに展開していく物語に何度も驚かされながら、一方で釈然としない気持ちが残る。それは、事件が終わってもなお、「罪に負けた」という犬養の思いへの共感でもある。ただ、犬養の娘、沙耶香の朗らかさが、心地よく胸に残る。病院のベッドを離れることが叶わない彼女の明るく輝く笑顔が、「とことんやったれ」という言葉が。