『鬼殺し(上下)』 甘耀明/白水紀子(訳)

 

鬼殺し(上) (EXLIBRIS)

鬼殺し(上) (EXLIBRIS)

 
鬼殺し(下) (エクス・リブリス)

鬼殺し(下) (エクス・リブリス)

 

 

日本占領下の台湾の架空の町、関牛窩(グァンニュボー)。
台湾に生まれ、皇民化教育を受けて育ったパ少年は、やがて学徒兵を率い、日本陸軍の「対戦車肉迫特攻隊」となり15キロの爆弾を背負って米軍戦車に突進して自爆する訓練を続ける。
天皇の赤子としての特攻を迷うことなく受け入れ、獅子奮迅の働きをするパであった。
その過程で、部下を多数失う。パ自身は、片目を失なったが、生きながらえて終戦を迎える。
日本の占領時代は終わりを告げる。日本による台湾統治の50年はなかったことになってしまった。
台湾は光復を迎え、大きく揺れ動く。
けれども、パは、母国の揺れから取り残される。
「俺を日本鬼子(にほんじん)と言うが、俺が他の者になれただろうか」
「自分は地獄から這い出てきてでたらめをやる悪鬼だ、台湾というこの鬼の島でしか生きられない」
などの言葉が心に残っている。
鬼とは、死者の霊、ユウレイのことであるが、まるで、パが生きたまま幽霊になってしまったようだった。
「甘耀明は本書のテーマは何かと問われて、「身分の揺らぎ」だと答えている」と、訳者あとがきに書かれている。


それにしても、圧倒され、魅了されるのは、何よりも、この物語のおおらかなエネルギーだ。くらくらする。
これは、確かに神話なのだ。
パという少年は、クーフリンのような英雄的な力持ちである(牡牛を片手で持ちあげ、走っている汽車と並走する)
不思議な出来事が沢山出てくる。
嘗て日本の台湾領有に抵抗した義勇軍のリーダー(そしてパの大伯父)鬼王を墓の下から呼び出しての力比べは、愉快だった。
少数民族の少女が、父を兵として戦地に送るまいと、自分の両足を父の腰に巻き付けて離さずに何日も何か月も過ごしたあげく、二人の身体はくっついてしまって、一つの身体をもつ二人になってしまったエピソードも心に残る。
日本陸軍中佐の養子になってしまったパと、三年地下牢に入りながら日本に屈服することを拒んだ祖父との、激しくて深い情を示すあれこれの場面も心に残るのだ。
痛ましい、残酷な、という言葉が似合う逸話のほうが多いのに、あっけらかんとした明るさがある。台湾が大勢の人間を乗せてうねっている印象だ。
大地の上には人と動物をのせて、その下には鬼たちを抱いて、台湾、関牛窩が大きく呼吸をしていると感じる。