『短編小説をひらく喜び』 金井雄二

 

短編小説をひらく喜び

短編小説をひらく喜び

 

『短編小説をひらく喜び』というタイトルがいいなあ、と思う。読む、ではなく、ひらく。
新しい本のとびらをそっとめくる、新しい出会いを期待するどきどきが、伝わってくる「ひらく」という言葉……。


ときどき、短い物語が、無性に読みたくなることがある。
短編小説を読む喜びって何だろう。
ゆるゆると、短い散歩しているときの気持ちにちょっと似ているかもしれない。
いつも通りの道を、いつもどおりの時間に、いつも通りに歩く。それだけで楽しい。
ときには、「あ!」と思うことに遭遇するのも楽しい。
なぜ、今まで気がつかなかったのだろうと思うような小路をみつけたり。
日の当たり方だろうか、風か、通る人たちの表情だろうか、あるいは、ただこちらの気持ちの持ちようだろうか、突然、いつもの風景が、がらりと変わってしまっているのを発見したり……
短編小説の、なんてことない風景がなんてことなく書かれているのを読むのが、うれしい。それから、ときどき、思いがけず、いろいろな「あ!」に出会うときも、うれしい。


「短編小説というジャンルが好きなこともあるが、このジャンルは意外に詩に似ているらしい、ということを最近ひしひしと感じている」
「それ(ストーリーや人物)より大切なことがある。それは、ひとつの小説を覆いつくす雰囲気だ。短い文章では、本当にささやかな事柄しか書かれない。だがそれが、生きていくうえで重要な意味を持つことになるのである」
「いろいろなものを読んできたが、近ごろは小説らしい小説が嫌いだし、詩らしい詩が嫌いだ。すんなりと読めるものを好む。さらりと書いてあるものがいい。気取らず、肩肘張らず、自然体であって、それで深いものがあるという、そんな言葉が好きだ」


こんなふうに、著者の短編小説への愛情を伝える言葉があふれている。
この本は、宝(これから読んでみたい短編小説や、短編集)のありかを記した地図でもあるけれども、それ以上の宝は、著者の短編小説への思いだ。