『マン島の黄金』 アガサ・クリスティー

 

新聞や雑誌掲載の初出の後、長いこと日の目を見なかったという九つの短編を収録したイギリス版(作品ごとに編者の「あとがき」つき)に、独自の三篇を加えた短編集である。
これもクリスティー?という、ちょっと風変わりな作品が多くて、新鮮だった。


表題作の『マン島の黄金』は、参加型(?)の宝さがしである。
実際、マン島イングランドアイルランドの中間くらいにあるらしい)には、密輸業者が隠した秘宝の伝説があるそうだ。その伝説を利用して観光客を誘致しよう、という島をあげての観光キャンペーンのためにこの作品は書かれた。
島のあちこちに隠された宝を探す手がかりを、クリスティー推理小説に仕立てたのだ。
宝さがしの参加者は、この作品が載った小冊子を手がかりに、あらかじめ島のあちこちに隠しておいた四つの宝をさがすという趣向だ。
そんなわけだから、この物語は推理小説ではあるけれど、解決編がない。(答え合わせは、「あとがき」に。)
物語は物語のなかで完結してほしい読者としては、ちょっと不満だけれど、実際にこの作品を手にして、宝さがしするのは、さぞおもしろいだろう。


ポアロやクイン氏が出てくるミステリもあった。後日、他の作品に昇華した小品もあった。
アガサ・クリスティーというよりも、別名義のメアリ・ウエストマコットで発表した方が良かったんじゃないか、と思うような作品(ミステリではない)がいくつもあり、心に残るのは、それらの作品だった。
『崖っぷち』『壁のなか』『光が消えぬかぎり』『白木蓮の花』など。
その人は、最初から最後まで姿も置かれた状況も変わらない。それなのに、最初と最後ではがらりと印象が変わってしまうような作品。確かにミステリではないけれど、人って、こんなにも謎めいた存在なのだ、と実感するような作品。
自分のことはよくわかっているつもりでいると、その、つもりがぐらぐらとゆらぐ。


『名演技』『孤独な神さま』では、物語を読む楽しみを存分に味わった。おとぎ話みたいで楽しい。
『愛犬の死』は、(それを言ったら身も蓋もないのだけれど)そこで犬を死なせないで欲しかった。