『遠い日の呼び声』 ロバート・ウェストール

遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)

遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)


ウェストールの長編物語のテーマが、たっぶり盛り込まれた短編集です。
あっという間に物語に引き込まれて、夢中で読んで、後味の苦みさえ余韻となる。おりに触れては、思い出す場面のことをつらつら考えることだろう。


たとえば、『アドルフ』『空襲の夜に』『ロージーが見た光』など。
戦争を扱った作品はであるけれど、描かれているのはどれも、見えない戦争だ。戦争そのものの痛みや苦痛は、直接には描かれないのだ。
それよりも、人(多くは少年)の胸の内にある何か、そうとも気付かないまま盲信しているものや、隠されていたものの真の姿を瞬間的に見せられる。
たとえ、瞬間的なものであったとしても、それは、自分の価値観を大きく揺さぶる。その後、彼・彼女はどうするのだろう、と考えずにはいられなくなる。


それから、親(ことに父)と子の関係について描かれたもの。力ある者に押さえつけられる弱い者たちの物語、ともいえる。
なかでも『ヘンリー・マールバラ』『赤い館の時計』『じいちゃんの猫、スパルタン』が好き。
なかには、愛すべき主人公とはとても言えない場合もあるけれど、応援しないではいられない。
なぜそう若い者を自分の思い通りにしたがるのだろう、と思うものたちがいる。弱いものを消耗品としか見ていないのではないか、と思うような権力者がいる。
そういう相手を出し抜き、自分の道を貫こうとする主人公は、なんていきいきしているのだろう。
魅了されるのは、その過程(?)にある、ときめくような幸福感。
大切に使われ、磨きこまれてきた素朴な家具、何度も何度も修理する壊れた美しい時計・・・そういうものをとりまく何か(幽霊なのか、自分自身なのか)の気配。
このままで終わるわけがない、とはらはらするけれど、それでもやっぱり、その世界の心地よさに魅せられる。立ち止まり、大切に味わう。


それから、猫たち。あちらの作品にもこちらの作品にも、それは素晴らしい猫たちがでてくる。
『家に棲む者』『パイ工場の合戦』『じいちゃんの猫、スパルタン』など。
猫たちは、いろいろな形で力強く主人公たちを助けてくれるのだけれど、ほとんどの場合、猫にはまるっきりそんな気はなかったのだ。(それ、とっても大切だと思う)
それだから彼らがよりいっそうチャーミングに思える。


最後の作品が、『じいちゃんの猫、スパルタン』であることもよかった。
「その先」に、主人公は、歩きだす。茫然と立ち尽くしていた、あちらの主人公もこちらの主人公も、きっと誘われている。そうして、彼らは、足を踏み出す。