『ミスターオレンジ』 トゥルース・マティ


この物語は、その画家の展覧会のために作品を書いてほしい、とオランダの出版社から依頼されて書かれた作品なのだそうです。
その画家の有名な作品は、物語の最後に、主人公の少年ライナスの前に姿を見せる。
そのとき、作中で画家が少年に語ってきかせた言葉がよみがえってくる。
「ひょっとしたら未来には、町中を一枚の大きな絵にできるかもしれない」という言葉が、陽気なブギウギとともに、鮮やかに。
その画家は…ライナスによってミスター・オレンジと呼ばれていた。


1942年。
ニューヨークの下町で八百屋を営むミュラー家の一番上の息子アプケが兵隊に志願する。
弟のライナスは兄を誇りに思っている。
ナチスと戦った兵士たちは英雄だった。


ライナスは、家業を手伝うあいまに、友と語り合い、弾むように町を走り抜け、仲たがいしたりする。
賑やかな町は、戦争の時も平和な時も、一見変わらないように見える。
でも、兄を、息子を戦地に送り出した家族たちは、身を寄せ合い、不安を押し込め、便りを待ちわびて暮らしているのだ。


アプケが召集前に志願したことを知り、ショックを受け苦しむ母親に、わたしは同調する。
アプケの「ほかの人たちが命がけで戦っているときに、家でじっとしてなんかいられない」という言葉に、ぞっとする。
「他の人たちが」という言葉とともに勢いに乗って制服に身を包み、おなじ方向を向いて行進していく人たちの延々と続く列が、目前に浮かんでくる。
行く手に待ち受けるものは理屈の通じない悪魔「戦争」なのだ。


漫画家志望のライナスの兄は、ノートに描きつづけていたスーパーマンみたいなヒーロー、ミスター・スーパーを残していった。
ライナスにとって兄が産み出したミスター・スーパーは正真正銘のヒーローだった。兄の影だったのかもしれない。
ライナスの想像のままに、ミスター・スーパーは、ナチスと戦う兵士を助け、傷ついた兵士を救う。
しかし、だんだんと、このヒーローは疲れてくる。しゃがみこみ、ため息をつく。
戦争は心弾む冒険ではないことに、ライナスが気がついてくるのと並行して。


ミスター・オレンジは、毎週ライナスが木箱いっぱいのオレンジを配達する相手。(本名の難しい外国の名まえを覚えられなくて、ライナスがつけた仇名)
ミスター・オレンジと交わした会話、想像力の可能性についての話、考えてしまった。
想像力は両刃の剣のようだ・・・
戦争が起こったのは人の想像力が原因だったのではないか。
一方で、画家の想像力は、未来のブギウギの聞こえてくる町を鮮やかに描きだすのだ。
ブギウギ(またはそれに匹敵する素晴らしいもの)が聞こえる方向に想像の世界を広げていくことは戦争に抗う道に繋がる、と信じたい。