『おいぼれミック』 バリ・ライ

おいぼれミック

おいぼれミック


隣に住む老人ミックは人種差別主義者で、ほんとに嫌な奴。
ハーヴェイたち一家にいちゃもんをつけたり、いやがらせをしたり・・・
ハーヴェイたちがすむイギリスのレスターは、移民が人口の半数を超え、多文化都市として有名な町なのだそうです。(訳者あとがきによる)
…実際、この物語の中で、生粋の白人は、このミックしか出てこないのではないだろうか。
そうした町の中で、ただひとり、むちゃくちゃな差別用語をまきちらして大威張りのミックはとても滑稽に見える。


ミックも、それからハーヴェイの叔父のアマーにしても独特の偏見をふりかざし、まきちらしている。
彼らは強烈だけれれど、本当は寂しい臆病者。
凝り固まった自説を盾にして、あるいは分厚い殻にして、中に小さく籠った臆病者がいる。
(この小さな臆病者の差別発言は、誰にも聞こえないSOSの信号だ)


固い殻の中にいる小さなミックのSOSに、15歳のハーヴェイが最初に気がついた。
彼は躊躇しないで、まっすぐに、ミックの一番柔らかいところに飛び込んでいく。
若者らしい柔らかさ、好奇心、無鉄砲さをともにして。


正直に言えば、物語の展開が急で、ときどき強引だと感じた。偶然が重なれば、不自然だと思った。
だけど、そうはいっても、大事なことは、ミックが、どんどん開放されていく姿なのだ。ミックの表情が変わっていくのが嬉しかった。
変わったのはミックだけではない。ミックを「嫌なじじい」と決めつけていたハーヴェイも変わったのだ。


相手を理解したいと思う気持ちや相手に対する好奇心が生まれてこなかったら、そのかわりに、思いこみや偏見が忍び込む。
原題のOld dog,New Tricksは、You can't teach an old dog new tricks.(おいぼれ犬に、新しい技を教えてもむだだ)ということわざを短くしたものなのだそうだ。(訳者あとがきによる)
こんなことわざがあるくらいだもの……誰かに指摘されて自分の考え方を変えるってことは、本当に難しい、と思う。
しかし、相手の(あるいは自分の)無理解がいったいどこからきたのか知れば、考え方以前のもっと深いところを理解することができれば、
そうしたら何か別の視点が生まれるのではないか。
差別、という一言で片付けてしまうことが、差別をより硬く固めてしまうのではないか、とも思った。