『紙の動物園』 ケン・リュウ

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)


物語の舞台は、未来の地球であったり、地球を離れた遠いかなたの星、あるいは、事実のなかに架空の歴史がまざりこんだ過去や、現代である。
どんな遠い時代、空間のかなたでも、人は変われないのだろうか。あまりに身近にある残酷で理不尽なことに次々に出会う。
人種差別がまかり通り、権力者たちは弱者(マイノリティ)を支配し、徹底的に利用・搾取し、踏みにじり続ける。
その背景は、尽きぬ欲望。欲が高じて、永遠の命までも手に入れようとする人類の姿は、醜く滑稽でもある。


主人公たちはたいてい強者の側に属する一人。恵まれた環境で無邪気に育ち、ある日、突然自分を取り巻くものの正体に気付いたとき、彼(彼女)はどうするのか。どうなるのか。
ものすごい力で一方向に吹く風に流されるのか、逆らうのか、逆らって立つことなどできるのか・・・
人は道を選ばなければならない。どのような道を選ぶとしても、選択を自らに課したとき、人はなんという孤独を経験するのだろう。
世界は、そのとき彼(彼女)の中で変わってしまう。彼(彼女)はもう元に戻ることはできない。


孤独のさなかで、まわりを吹き抜けていく変わり行くものたちと、変わらないものが、万華鏡のように、揺れ輝きながら、表れる。
たとえば、永遠の命を追い求める世界のなかで、静かに輝きだす言葉。「死は生命が発明してきたなかでもっとも偉大なものだ」という。


人が空を仰ぎ、上へ上へと夢中で駆けあがっていく世界で、足元には、ずっと変わることなく存在し続けるものがある。すっかり忘れ果てていても、それはある。
まるで価値がないように思われるものが、そこにある。
簡単にひねりつぶせるようなもの。踏みにじられるようなもの。だけど、いつまでたってもそれはある。
得も言われぬ美しさで、心を揺さぶりかける。


決して穏やかではない世界で、人々は、自分の人生を、前途を選び取っていく。
ただ、その決断に至る道に寄り添いたい、と思う。
彼らに重なるようにして、紙を折って作った鶴が、命を吹き込まれて、海を渡って行くイメージがある。
壊れて溶けてしまいそうな、はかない紙の鶴は、長い長い時間をかけて、きっと海を渡り切るにちがいない。


『紙の動物園』『心智五行』『円弧』『文字占い師』が、ことに心に残ります。